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5.守りたいもの

「そもそも、聖女様はもともといらっしゃった世界では、庶民の立場だったとお聞きしているんです。どうですか、突然貴族の生活を強いられても、慣れるものですか?」


「え、ええ。ありがたいことにみなさん優しくしてくれていますし」


「まあ、この国の皆さんは甘い方が多くて幸運でしたね。聖女様も、完璧な所作が身に付いていなくても、気落ちしないでくださいね!」


「……」


 その後の会話もわざわざ攻撃的な言葉を選んで話してくるリラさん。だんだんうんざりとしてきているが、なかなかわたしのことを放してくれはしないようだ。

 会話の中でリラさんの国の話にもなったが、セント=フェアリアとの関係について、わたしはよく知らない。ここで反撃しても、お互いの国の関係に影響したと言われては困る。わたしは終始当たり障りのない返答をし続けた。


 こんな派手な格好するのは恥ずかしかったけど……みんなには感謝しかないわ。


 わたしはいつもに増して背筋を伸ばし、リラさんから目線を逸らさないように努めている。威厳が出ている……とは思わないけれど、気持ちの面で負けないぞと気合を入れるのに、少なからずこの格好に助けられていた。


 徐々に周囲の人達もこちらの様子を窺うようにちらちらと目線を向け始めた。聞こえてはこないけれど、きっと他国の姫と聖女が火花を散らしているとかなんとか、噂されているだろう。

 なんだか不毛な体力を奪われる一方なので、何とか会話を終わらせる機会を探っていると……会場の奥の方にシオウが見えた。あ、この国の正装をして来客と会話している様子だから、今日は護衛側でなく、勇者一行の一人として会に参加してるのね。その姿に、やさぐれた心がちょっぴり癒される。


 うう、シオウとまったり甘い物でも食べて過ごしたいよ~……


「あら。あの方は、シオウ様ですよね。宰相様の右腕として働かれていらっしゃるとか」


 わたしの一瞬の目線に気付いたのか、リラさんがシオウの話題をふってきた。


「え、ええ。シオウをご存じですか?」


「はい。私こちらの王国に1週間ほど前から滞在させていただいているんです。ここに来てから、とても優しくいろいろ教えていただいているんですよ」


「へえ、そうですか」


 ――ってことは、シオウが聖女(わたし)に仕える立場だって知ってるよね。そして、わざと『宰相様の部下』として強調してきている、と。


「素敵な方ですよね。ご結婚はされていないようですけど……聖女様はあの方について何かご存じですか? 私、シオウ様とお近づきになりたくて、ぜひ聖女様のお力添えもいただければと思っているんです」


 その話を聞いて、ピンときた。この人、シオウに気があるからわたしにこういう態度をとっているんだ! リラさんの、国での立場がどれほどか知らないけれど、シオウだったら十分優良物件ということなんだろうか?


 ……なんか、腹立つな。


 そんな気持ちを隠し、わたしは最大限の笑顔をリラさんに向けた。


「さすがリラ様! シオウの魅力に気付かれるとは。……でも、少し心配なのです」


 言葉の最後は、意識してわざとらしく悲しそうに眉尻を下げて……。不思議そうに首を傾げるリラさん。


「シオウって、とてもよく人のことを見ている人間なので……リラ様のその性格、見抜かれていなければいいと思いまして」


「――なっ!!」


 わたしの最大限のカウンターにより二人の空間が凍り付く。そこへ、ちょうどいいタイミングでシオウが近寄ってきた。


「今晩は、聖女様。フラーレ国第8王女様。楽しんでいらっしゃいますか?」


 礼儀正しく挨拶をするシオウ。ええ、ええ。胸焼けするぐらいにものっすごい楽しんでますとも。シオウに話しかけられたとたん、リラさんは態度を変え、わたしのそばを離れた。


「まあ、シオウ様。慣れない場所で少し疲れてしまったわ。あちらでゆっくりと二人でお話しません?」


「はい。体調は大丈夫ですか?……それでは、聖女様、失礼します」


 わざとらしくシオウの腕を掴んだリラさんは、勝ち誇ったようにこっそりと腹黒い笑みを向けてきた。もう、何なのよーーっ!!!


 その場に残されたわたしは、近くのテーブルに置かれたグラスのお酒をぐいっと飲み干した。不機嫌を隠しきれていないので、話しかけてくる人もいない。


 ……と思ったら、突然伸ばされた手に、頭をわしわしされた。


「ノア。……いたんだ。せっかくセットした髪がぐしゃぐしゃになったんだけど?」


「聖女様は相当ご機嫌斜めだな~。そんな鬼の形相してたら、髪型も何もあったもんじゃないだろ」


「……そんなに顔に出てる?」


「ああ。そりゃもうひどい」


「ぐっ」


 ノアはいたずらそうにわたしの顔を見て笑っていたけれど、なんだか話しているうちに怒りもおさまって、落ち着いてきた。


「ありがとうノア。さっきの、見てたんでしょ」


「いや、別に礼を言われることはしてないけど。……これからも同じようなことはいくらでもあるんだから、気にしないのが一番だろ。まあ、俺だってこういう場には極力参加したくないけどな」


「そういえば、ノアも今回はずいぶん長い時間参加してるんだね」


「国外の動向を把握するには、都合のいい会だったからな。でも、いろいろ面白いことは聞けたし、そろそろ帰りたいと思ってたところ」


 そう、だよね。この国のことを知るので精一杯だったけど、ノアの話を聞いて、今後は周辺の国のことも勉強しようと決意した。他の国では、リラさんみたいな人ばかりではない……と信じたい。


「それにしても――」


「ん?」


 急にノアの雰囲気が変わり、その顔がぐいっと近付けられた。


「いや、おまえもついにひとところに落ち着く日がやってくるのかと思うと……何と言うか、感慨深いものがあるな」


「は? 何の話?」


「まあ、大事なものは全力で守れってことかな。じゃあ、疲れたし、もう行くわ」


「え……あ、ありがとう?」


 よく分からない言葉を残し、ノアが去っていった。そして、少し離れたところには、シオウが一人、立っていた。


「シオウ!」


 何となく、心配そうな表情で立っていたシオウは、わたしが近づくと困ったように微笑んでくれた。


「すみません、ノア様とのお話をお邪魔するつもりはなかったのですが」


「え? ノアは疲れたからって帰って行ったんだから、シオウが気にすることはないよ。それより……リラ様は?」


「はい。聖女様の素晴らしさをじっくりお話ししていたのですが、何故か途中で早々に切り上げてお戻りになられましたね」


「え!? シオウ、何話したの?」


「はい。聖女様は身分が上であるというようなつまらない理由で人への態度を変えることもなく、我々国民のために自ら危険を承知で行動できる勇気のある素晴らしい方で、他にそのような女性を見たことがない。私が尊敬するのは聖女様の様な方で、そばに仕えることを身に過ぎて光栄なことと思っている。できる事ならば一生そのそばでお仕えし……」

「ちょっ……シオウ、ストップ! そこまで言われると逆に恥ずかしすぎて辛い!」


 シオウ、離れたところにいたのに、わたし達の会話、ばっちり聞いていたのか!?


「まだ途中ですが。そして、私は事実以外述べていません」


 シオウがあまりにもすました顔でつらつらとそんな事を言っているので、わたしは思わず笑ってしまった。


「でも……そんな対応してよかったの?」


「もちろん国同士のつながりは大切です。が、聖女様をおとしめるような発言をする者に迎合してまで、大切にするほどのものではないでしょう。聖女様も、ご自身を一番に行動なさってください」


「あ……りがとう」


 シオウの優しさがじんわりと染みて、思わず涙がこぼれそうになるのをぐっと堪える。


「ねえ、シオウ。今度、一緒にお茶タイムしようね」


「かしこまりました。とびきりのお菓子も用意しましょう」


 シオウのその日一番の笑顔が、全てを帳消しにして幸せな気持ちにしてくれた。

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