4.他国の姫
「ユーナ様、今夜のドレスは、赤と青どちらにいたしましょうか?」
にこにことわたしの前でドレスを広げて見せるリリィ。数人のメイドさん達も同じように準備万端といった様子で微笑み、わたしを取り囲んでいる。
「うーん、リリィ達に任せるよ。……ところで今夜は何があるんだっけ?」
「本日は、国外からのお客様をご招待したパーティーです。ですから、気合入れておしゃれしましょうね!」
「……やっぱり、ユーナ様の髪色と同系色で揃えるなら、青いドレスですよね」
「そこはあえて赤色にすることで、聖女様としての威厳や存在感をアップさせた方が――」
張り切って相談を始めるみんなに気付かれないように、わたしはこっそりと息を吐いた。
やっぱり、こう毎日イベント事だらけだと、疲れる。体を動かすような仕事ならまだしも、窮屈なドレスを着て静かに会話を楽しむのは、自分にとって苦行の時間だった。
結局話し合いで決定した(わたしを除く)紫色のドレスを着せられ、お化粧も進んでいく。
「……このドレス、とっても素敵なんだけど肩が開きすぎな気が……お化粧も、なんかいつもより濃くない?」
「聖女様、今晩は特に戦いと思って臨んでください」
「そうです。国外の方々にも聖女様の威厳を見せつける必要があるんですから」
「それに、いつ素敵な出会いが待っているかわからないんですよ。なんなら、もっとセクシーなドレスでもいいくらいなんです」
「え……ええ~」
そこへ、こっそりとリリィが耳打ちしてくる。
「ユーナ様、今夜のパーティーでは、シオウ様も参加されるそうですから、そちらもがんばりましょうね」
「ええっ!? ……は? 何言ってるの?」
突然のリリィの言葉に動揺していると、更にリリィは続けた。
「ユーナ様、私はユーナ様が幸せになれる方であれば、どなたでも受け入れる覚悟で過ごしてまいりました。それが、シオウ様というのであれば、私は安心して応援致します」
「あ、ありがとう。でも、なんか誤解してるよね?」
「誤解なものですか! 先日のお話も聞きましたよ。ユーナ様も盛大にシオウ様への愛をお伝えになったとか」
「は!?……はは」
最初は小声だったリリィが、終いには普通に大声で会話していた。それでも、周りのみんなも特に驚いた顔もせず、にこにことしている。……あの日のことは噂になっていることは気付いていた。どう考えたって、面白おかしく広まっているだろう。今更必死に誤解を解くのもばからしくなって、わたしは会話を止めた。
準備も佳境に入って来たので、わたしはなす術もなく、されるがままになっている。その間……ぼうっとその顔を思い浮かべた。
……シオウとは、ずいぶん長い時間一緒にいた気がする。わたしがオーク村に行く時も忙しいのに付いてきてくれていたし、王都で過ごす間にもいろいろなことがあった。シオウは必要なこと以外はあまり多くは話さない。それでも、わたしを思って行動してくれているのが伝わっていたし、最近は表情もとても柔らかくなったと思う。
さすがに、突然あんなことをされてびっくりしたけど……
嫌、ではなかった……かな。
でも……シオウは……わたしのこと、どう思ってるんだろう? なんだか最近はシオウの考えていることがさっぱりわからなくなってきている。
はっと我に返ると、にやにやとしたリリィと目が合った。リリィがまるで何でもお見通しのような顔をするのにちょっと腹が立ったので、思いっきり変顔をしてやった。
……化粧がくずれるからと、メイドさん達に怒られた。
・ ・ ・
いよいよ、夜が来た。お城でも、とくに広く豪華なホールに、たくさんの人が集まっている。
これは……確かにメイドさん達の言う通り、気合が必要だ。
見慣れぬ衣装。顔立ちもどこか異国を思わせる人たち。わたしが部屋に入ると、周囲が少しどよめいた気がする。エスコートしてくれたレイヴァル様とわたしの元に、多くのお客様が集まって挨拶してくる。
掛けられる言葉は、国を救った事への賛美ばかりだったけれど、会話を続けていると、徐々にそればかりでない棘のようなものを感じ始めた。魔法がこの世界から消えたということは、他の国でも魔法を使っていた生活に変化を余儀なくされたということ。そうしなければ世界が助からなかったという事情も、きっとセント=フェアリア外の国にとって、言い訳に聞こえるのだろう。
国内では、魔物が増え、実際に襲撃されるほどに追い詰められていたから、わたし達は英雄のように扱われていたけれど、みんながみんなそうではないと思い知る。
ぐっと奥歯を噛みしめたわたしに、レイヴァル様がこっそりと話しかけてきた。
「ユーナさま、大丈夫ですか? 後は私一人でもなんとかなりますので、早めにお部屋にお戻りになられてもかまいませんよ」
レイヴァル様だって、決していい思いをしていないはずなのに、気遣ってくれる。その頑張る姿を見ると、心が熱くなった。……我が子の成長を見守ってきた保護者って、こんな気分なんだろうか。
「いいえ、レイヴァル様。わたし、ちょっと燃えているんです」
「ユーナさま?」
「これまでは『勇者』として褒めたたえられるだけの毎日だったでしょう? それが、まだまだ自分がやることはあるって思い知らされて、なんだかやる気が出てきたって感じなんです! ……あまりにも腹が立って、まずい対応をしたら止めて下さいね」
「……! ふふ。ユーナさまは、どんな時もユーナさまですね。……ありがとう」
優しく微笑んだレイヴァル様は、更に他のお客様に話しかけられ、離れていった。心なしか、さっきより元気そうな笑顔で。
「あの、あなたが聖女様ですよね?」
1人になった瞬間に、後ろから話しかけられた。振り向くと、目の前にはエキゾチックな女性がにこやかに立っていた。ダークブラウンの髪の毛は、まとめられているものの、とても柔らかそう。同性のわたしでもドキドキしてしまうほどの抜群のスタイル。可愛さと美人さを兼ね備えた女の人だった。
「は……はい。ユーナと申します。初めまして……あなたは――」
「私はリラと申します。ここよりいくつも離れた小さい国の、一応は姫という立場です。末端中の末端ですが」
「リラ様、ですね。今回は、わざわざお越しくださいまして、ありがとうございます」
「そんな、畏まらないでください。私も、聖女様がこんなに庶民的な方だと分かって、安心しているんです」
ん……?
「何でも、魔王退治に直接出向かれたとか。私にはそんな恐ろしい事、とてもできそうにありません。野蛮だと思われることも顧みない行動力、尊敬してしまいます!」
「……はあ」
こ、これは! 典型的嫌味な女性じゃないか!?
この手の敵意ある女性には、あまり遭遇する機会がなかったので、腹が立つよりも興味深い。この人は、今わたしと張り合うことになんのメリットがあるんだろうか? 女のプライド的な?
わたしが困惑しているのをいいことに、リラさんはその後もきゃっきゃと嬉しそうに毒を吐きまくった。