3.シオウの忙しい一日
シオウ視点です。
聖女様と初めて会った時のことを、思い出す。
……表情のころころ変わる、太陽のように明るい女性だと思った。身分や立場を気にせず、自分に対して近い距離で接してくる人というものは、珍しかった。自分が望んだわけでもなく王都に無理やり連れて来られた日にも、聖女様は私にお礼を言っていた。……正直、不思議だった。異世界から召喚された人間というものに会ったことはなかったが、彼女を見ていると、明るく豊かな土地で育ってきたのだろうと想像できた。
見知らぬ世界での慣れない生活は、彼女にとって決して楽なものではなかったと思う。それでも、城でも、オーク村でも、聖女様は自分のやることを見つけ出し、いつも忙しく動き回っていた。
その姿が、周りの人間をどんどん明るく、元気にしていく。そんな様子をそばで見ているうちに、徐々に興味が湧いていった。
仕事に対して何か感情を抱くことは今まで少なかったけれど、聖女様と共にいる時間を……私はいつしか楽しみにするようになっていた。会えない時間に、どことなく物足りなさを感じるくらいに。
「シオウ様、書類の確認をお願いします」
「……ああ。分かった」
私が物思いにふけっていると、大量の書類が机に置かれた。
世界が救われた日……同時に世界は一変した。魔物達に襲われたたくさんの町、魔法で成り立っていた社会の仕組み。それらが今、混乱状態にあり、国の助けを必要としている。
……聖女様が救ってくださったこの世界、ここで歩みを止めてはいけない。
私はその一心で今日まで仕事を続けている。
「南の地方で、聖女様の訪問を希望しているようですが、どうしましょう?」
「……今はまだ、各地に足を運んでいただくほどの余裕がない。緊急でなければ、後日ということで返事をしておくように」
「わかりました」
「シオウ様、今年の騎士団祭りの日程についてですが……」
騎士団祭り……
……去年の騎士団祭りの日。聖女様と一緒に露店を回ったことを思い出す。私といることを「楽しい」と言ってくれた聖女様。
聖女様が……今日までベニキンを大切に育てていてくれたのを、知らなかった。
……聖女様。
ガン!!
危うく煩悩に支配されそうになったところで、私は机に頭を打ち付け、自我を保った。周りの人間が少し動揺している。私は何事もなかったように仕事を続けた。
……聖女様の部屋は明るく、温かかった。そして、日の光のような優しい、聖女様の匂いで溢れていた。すぐにでもその場から立ち去らないとだめだと思ったのに。間近にある聖女様の顔が、あまりにも美しくて……思わず――。
ガンガン!!
だめだ。隙あらば聖女様のことばかり考えてしまう。こんな気持ちは不毛であることは、自分自身でもよく分かっている。それでも……
誤魔化し、騙し、蓋をしていた感情が、自分の力ではもうどうしようもないほどに暴れ出し、手が付けられなくなっているのを感じた。
『シオウ、わたし、全っ然! 気にしてないから!』
あの時の聖女様の言葉……。
聖女様は本心からそう言ったわけではないとわかっている。自分を気遣って、どうにかしなければと焦っている姿も……正直可愛いと感じてしまったのだけれど。
それでも……、聖女様が王と過ごす時間を大切にしていることを知っている。アレクス様との、村での生活を心の支えにしていることを知っている。
聖女様は、こんな私にも、優しい。
……けれど、決して自分一人を特別に想っているわけではない。
何を今さら。そんなこと、最初からわかりきっていること。……別に、気落ちするようなことではない。
私は、思い切り頭を揺さぶった。
そもそも、特別な存在とはなんだ? 今の立場は聖女様を近くでお守りできるという意味では、最も特別なのではないか? だとしたら、それで十分、自分の気持ちは……報われる。聖女様がどこに行こうとも、行動を共にできる場にいるのだ。
……そう、それで。望みは叶っている……
「そうだ! それで、いい」
「……シオウ様?」
その日、一日中思考は堂々巡りを続けた。仕事が終わるまでに、幾度となく頭を机に打ち付けることとなり、その度に周りの人間がびくびくと反応することになった。