片翼の天使は星を見る
クリスマス。それは多くの人にとって特別な日だ。街中では恋人達が光の中で手を絡ませ、特別な思い出を作る。
だがそんな煌びやかな世界で一人、白い息を吐き出す男がいた。
男は何故か跼みながら歩いている。その不思議な光景に街ゆく人は好奇の目を向けた。
「はあ、変な世話、焼くんじゃなかったな」
男は周囲のことは気にせず背中におぶさっている者に視線を走らせた。
白い髪に白い服を着た子供。頭には輪があって、背中からは大きな翼が片方だけ伸びている。どう見ても人間ではないが、男は道端で座り込むその子供に声をかけてしまった。
彼女はイヴと名乗った。愛を成就させる天使らしいが、力は不完全なため地上を彷徨っていたらしい。
イブの日に振られた傷心を紛らわすはずが、面倒ごとに首を突っ込んでしまった、と男は少し前の自分を呪った。
「お兄さん、ありがとうね。私、見ての通り飛べなくて」
「いいさ、どうせ暇だったからな、で今からどこに行けばいい?」
薄眼を開けたイヴは男に体を預けながら謝罪したが、男は軽く笑って受け流した。
こうなればとことん付き合ってやる。そう腹を括った男はイヴの示す道を歩き続けた。
煌めく街を通り抜け、何駅も通り越して進む。男はどこまでいくのだろうか、と思い始めた頃、イヴは唐突に空を指差す。
街明かりから離れているおかげか、男は巨大なオリオン座がよく見えた。吸い込まれそうな澄んだ空に今日までの思い出が溶け出していく。
そう言えば、喧嘩して振られる前はよく二人で空を見てたな……
静かに傷心に浸った男はイヴが笑顔になっていることに気づいた。
「次はこっちよ。今はお兄さんを必要としている人がいるの」
そう言ってイヴは空を指差していた指を今度は薄暗い公園のベンチに向けた。その先には、
「か、かな?」
数刻前、男を振った女性がブランコに乗って俯いていた。
男の声に反応し、かなは顔を上げる。オリオン座を吸い込んだ小さな雫が地面に落ちる。
「なんであんたがここに……」
そう言いかけ、かなは泣き顔を見せまいと再び俯く。振った手前、後悔していたなど言えない。
固く口を閉ざしたかなに、男は苦笑して暖かい手を重ねた。
「かな、今日はごめんな。とりあえず、話だけでも聞かせてくれるか?」
気まずい空気を破った男は女の隣のブランコに腰掛ける。
そしていつの間にか消えたイヴのことも忘れ、男はかなの言葉に耳を傾け続けた。
そんな二人をイヴは消えた空から見守っていた。