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恋闕のシンギュラリティ  作者: 本山貴春
9/12

不思議の国のゲリラ

「私たちは日本語を学び、日本人の生活様式、信仰、精神を残したいのです。日本民族は、世界的遺産です。そして私たちこそが、『あたらしい日本人』なのです」


僕は僧形の、青い目の白人が発する言葉を呆然と聞いていた。現実の平成日本にも、多くの白人を含む外国人がやってきて、日本の伝統文化を日本人以上に学ぶという現象は確かに見られた。日本で弟子入りし、欧州に帰って大成功した盆栽職人の話も聞いたことがある。伝統文化だけではなく、日本の漫画やアニメも世界で大人気だった。


「私は英国国籍ですが、この博多シティで生まれ育ちました。日本移住三世です。子供の頃の家庭教師は、肥前から布教に来ていた僧侶です。出稼ぎ労働者に比べて、神官や僧侶などの宗教者は自由に行動できます。彼らが博多シティの在日英国人にもたらした影響は甚大でした。民間人には、日本に親近感を抱く者が大勢います」


にわかには信じがたい。何しろ僕はついさっき、その英国人の警官に不当逮捕され、拷問されそうになり、危うく射殺されかけたのだ。この白人僧侶を、本当に信用しても良いのだろうか。


「しかし、ここの警察は日本人をテロリストとして警戒しているのではないですか? ネオ・ジャパニーズという名前も耳にしました。彼らは本当にこの街でテロ活動を行なっているのでしょうか?」


そう質問を発した瞬間、白人青年の目がぎらりと光ったような気がした。


「去年、総督が暗殺された事件ですね」


「え、暗殺?」


そういえば、警官もそんなことを言っていた。


「まさか、あの事件もご存じないと? 日向ではそこまで情報が遮断されているのでしょうか」


「あ、いえ…。もちろん報道では知っていますが、犯人が日本人だったのでしょうか?」


変な汗が出てきた。話を合わせなければ。


「博多総督府は、ネオ・ジャパニーズのメンバーを容疑者として捜査していますが、組織の実態すら掴めていないようですね。プリンセス・アリスを指導者とする日本原理主義集団と言われていますが、その規模も拠点もわかっていません」


「プリンセス・アリスとはどんな人物なんでしょう?」


「彼女は写真がたった一枚知られているだけで、ほんとうに実在するのかも不明です。一説には、有栖川宮家の末裔とされますが、その血統の真偽も、本名も含めてわからないのです」


有栖川宮家か…。なんとも因果なことだ。維新のキーマンが表舞台から消えて、今度はその子孫がテロリストに擬せられている。


「ただ、私が言うのもなんですが、当時の総督は殺されても仕方なかった。あの暗殺事件に内心快哉を叫んだ在日英国人も多いということを知っておいていただきたいのです。他に方法のない、やむを得ない行動だったのです」


「暗殺がやむを得ない? どういうことですか?」


「およそ百年、総督府が日本人に対して行なってきた過酷な政治や軍事行動の犠牲者を思えば…。このような非道は、私たち在日英国人の心も深く傷つけてきたのですよ。私たち白人は有色人種を同じ人間とは見なさず、世界中で略奪や虐殺を繰り返してきました。しかし日本人だけは、白人の侵略に果断に抵抗し、誇りを示してきたのです。総督府はそんな日本人の力を恐れ、日本民族を根絶しようとしてきました。博多シティに住む日本人は、暴力以外に抵抗の術を持っていません。言論の自由も人権もないのです」


そう言う白人僧の瞳はやや充血し、潤んでいた。


「私たちは単に、日本の伝統文化を保護したくてこのような活動を行なっているのではありません。日本文化の特殊性や、日本民族の行動原理が世界を変える鍵になると考えているのです。だからネオ・ジャパニーズをテロリストとは呼びたくありません。彼らは白人の世界支配に抵抗する、最後のゲリラです」


   *


僕と美月さんは仮想空間を出て、令和の現実世界に戻った。


今回旅したJ1時間軸はかなりショッキングな世界だった。欧米列強に分割統治されて九州に追いやられ、滅亡に瀕する日本人。そんな日本人にシンパシーを抱き、『あたらしい日本人』になろうとする一部の白人たち…。そして暗殺や、警察署爆破も厭わないテロ…いや、ゲリラ活動…。しかし何やら、実際に日本が辿った歴史と共通する部分も無くはないような気もした。


「清明さん」


美月さんの呼びかけで我に返る。


「あ、すみません。今日はあまりに色々あったので…」


「殺されかけて、いきなり飛翔コマンドまで使ったものね。ごめんなさい。かなり時間も超過したし、疲れたでしょう? 数日休んでもいいのよ」


「はい、ありがとうございます。でもこの仕事、ほんとうにお役に立っているのでしょうか? いまいち目的がまだよく理解できてなくて」


「これはあくまで教育というか、訓練をかねた研究なの。あなたに、歴史シミュレーターの世界を体感してもらうことが重要なのよ。期待してるんだから、これくらいでめげないでね」


「それは、青桐とかいう、僕の父親のことと関係あるんですか?」


ついに聞いてしまった。


「……。」


美月さんは、黙って僕の目を見ている。


「僕は正直、父親の存在について考えたことはありません。恨みようにも、存在を知らない以上、恨むことすらできなかったんです。だから、いまになってどんな人物か知ったところで、僕は、ごく平凡な平成の日本人であることに変わりはないと思っています」


「そうね。清明さんは、清明さんよ」


僕の目をまっすぐに見つめて、美月さんは言った。澄んだ瞳だな、と初めて気づいた。


「でもね、原点を知ることは人としてとても大切なことだと思うの。これはね、あなただけのことではないのよ。すべての現代日本人が、自分の原点を振り返って、自分が何者なのか、何をなすべきなのか、知ろうとしている。歴史シミュレーションはそのためにも重要な研究というわけ。過去を知ることは、未来を知ることでもあるから」


確かに、ちょっとしたことで歴史が大きく変わっていくのを目の当たりにした。それでも僕が、僕自身がこれから先の未来に影響を与える人間になりうるのか、はなはだ疑問だ。なぜ、平成の時代で平凡な生活を送っていた僕が、およそ30年もの時空を飛び越えてこの世界にいるのか、そしてなぜ、こんな奇妙な訓練を受けねばならないのか、腑に落ちないまま帰路についた。


   *


僕は一週間の休暇を申請し、とくに外出するでもなく家でゴロゴロとして過ごしていた。仮想空間で銃を向けられたときや、夜空を滑空したときの夢を見た。永遠に仮想空間に閉じ込められているような錯覚に陥ることもあった。


「ニャア」


猫型ロボットのミッちゃんが、前足で僕のおでこをチョイチョイ、と撫でる。ロボットのくせに、肉球が妙に温かくて柔らかい。


「なんだよ、猫みたいに」


「私は正真正銘、どこから見ても猫だニャア」


「お前、冗談まで言えるようになったのか。AIって恐ろしいな」


「ご主人様を元気付けるもの私たちの使命なのです。あんまり引き篭もっていると身体に悪いですよ。一緒にお散歩に行きましょう」


「お、平成時代のスマートウォッチみたいな機能だね。健康管理までしてくれるんだ」


「もう! せっかく心配してあげてるのに!」


妙に人間味を増してきたミッちゃんが、怒ったように顔を背けてうずくまってしまった。


「ところでさあ、ミッちゃん」


「……。」


「恋子さんって、何者なんだろうね?」


「ウェブで『恋子』さんを検索しますか?」


「いきなりAIっぽく言うなよ。でも、お願い」


「現在の高校生に該当する同名人物は検索結果に出てきませんでした」


「え、そうなの? じゃあ偽名か何かなのかなあ」


「もし特定秘密に指定されている個人情報の場合、アクセスできません」


「へえ、そうなんだ」


「そもそも未成年の情報は閲覧が制限されていますし、政治家や高級官僚の子女については、存在自体が非公開になっていることが多いのです」


「しかも恋子さんは情報機関のエージェントだからね。ネットに出てこなくて当然か」


   *


「あ、ゲリラのリーダーだ」


思わず呟くと、少女はムッとした表情を見せた。


「失礼ね。せっかく顔を見にきて差し上げたのに」


ミッちゃんに急かさせて、いやいや散歩に出たところで高校の制服姿の恋子さんに出くわしたのだ。


「あ、すみません。インパクトが強かったもので、つい」


「美月さんに聞きました。ずいぶん大変だったそうですね。とりあえずご無事で何よりです」


女子高生をアパートの部屋に招き入れる訳にも行かないので、僕たちは連れ立って近所の公園に向かって歩くことにした。


「恋子さんはどうして、あんな過酷な訓練というか、現場に行くんですか? 僕は正直、もうあんな怖い思いはしたくないですよ。たとえ仮想空間でも、いつかショック死しそうです」


「大丈夫よ。すぐに慣れるわ。現実世界の方がよほど怖いもの」


「え、そうなの。こんなに平和なのに」


「何言ってるのよ。いつまた人民解放軍の残党がミサイルを撃ってくるかもわからないし、高麗連邦も政情不安で治安が悪化しているのよ。ニュース見てないの?」


「ああ、見てなくはないけど、ピンとこないというか。もともと国際情勢には興味もなくて、詳しくなかったもので…」


「もう! 平成時代の気分が抜けてないんじゃない? 歴史の授業で習ったけど…『平和ボケ』だっけ? 二千数百年のうちで、最も日本人が弱体化した時代を象徴する言葉よね」


「なにそれ、酷いな。いいじゃん、実際に平和な時代だったんだから」


「昭和後期から平成にかけて、たしかに日本国は主体的には戦争をしなかった。でもそれはあくまで自分たちが気づいていなかっただけのことで、日本はずっと攻撃を受けていたのよ」


「そうなの? たとえばどんな?」


「もう、そこまで私が説明するの面倒くさい。高校の歴史教科書でも読んで勉強しなさい!」


そう言って公園のベンチに座り、鞄から薄い電子端末を取り出した。彼女が端末に向かって「平成時代」と言うと、該当ページが自動で表示される。僕はしぶしぶ受け取って、教科書の文字をなぞることにした。


そこには、平成時代に膠着化した領土問題や、外交的敗北についてくどくどと列挙されていた。それだけでなく、長期デフレ不況についても、中国による間接侵略や官僚政治の腐敗といった背景を踏まえ、当時の政治的停滞と混乱について辛辣に断罪している。特に太文字で強調されていたのが、北朝鮮による拉致問題だった。


「後の調査で明らかになったように、平成末期の時点で2,438人の日本人拉致被害者が生存し、祖国からの救いの手を待っていました。しかし日本政府は憲法九条を盾にして国家としての人権保護義務を果たさず、多くの拉致被害者を事実上見殺しにしていたのです」


恋子さんが教科書を見ずに、スラスラと読み上げた。


「すごいね、暗記してるんだ」


「拉致被害者の人数は試験に出るから」


「でもこの書き方だと、まるで日本が悪いみたいだね。見殺しにした、は言い過ぎじゃないかな。ほら、外交交渉とかしていたと思うし」


僕の言葉に驚いたのか、恋子さんが目を丸くしている。


「あきれた。平成の男って本当に腰抜けだったのね。日本人全体が九条カルトに洗脳されてたって言う歴史家もいるけど、納得したわ」


二人で公園のベンチに腰掛けて、口調もお互いにくだけてきたものの、いっこうに距離が縮まる気配はない。なぜ僕が、平成人を代表して弾劾されねばならないのだろうか。


「じゃあもし私が拉致されたら? 清明さんは戦って助けてくれないの?」


そう言った恋子さんの表情に、僕は内心ドキリとした。


(続く)

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