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恋闕のシンギュラリティ  作者: 本山貴春
3/12

臨時首都と日本国軍

「ドアを閉めますので、手足を挟まないようにご注意ください。発車します。シートベルトの着用をお願いします」


声は、車内のスピーカーから発せられていた。


「ねえ、これ、どうなってるの?大丈夫かな?」


軽快に飛び乗ってきたミッちゃんに小声で尋ねる。


「ご安心ください。無人タクシーによる交通事故は、昨年も全国でゼロ件です」


「無人タクシーねえ・・・。そういえば、まだ目的地を聞かれてないけど、走り出しちゃったよ」


「はい。配車時に私が通知しています」


「ずいぶん気が利く猫型ロボットだな」


「お褒めに預かり光栄です。私のTama4.0は日本が誇る最新バージョンです」


無人タクシーの内部では、静かなクラシック音楽がBGMとして流れている。併走している車や、対向車線の車をよく見ると、どの車にも運転手がいない。中には、誰も乗っていない車すらあった。


「すごい・・・全部、無人運転なんだ・・・。異様な光景だな」


「現在、手動運転は道路交通法で禁止されています。趣味で手動運転をされる方は、指定サーキットか、VRという仮想現実空間を利用することが多くなっています」


「ふーん。とりあえず、高いお金を払って自動車学校に通ったのは無駄になったな・・・」


   *


ホテル・シーイーグルに着いた。いつもは裏手の従業員専用口から出入りしていたが、現在はその資格はない筈なので、一般客用のエントランスに入った。だだっ広い空間に、観葉植物やソファーが並び、宿泊客らしき人々がたむろしている。


現在のホテルの状況を確認しようと従業員を探すが、いない。よく見ると、中央に巨大なスクリーンがあり、お客さんがそれに触れて操作している。タッチパネルになっているようだ。


「ねえ、ミッちゃん。ホテルのスタッフはどこなのかな?」


「ホテル・シーイーグル福岡の従業員数は30名で、本日のシフト勤務者は5名です。現在、中央管制室に待機しています」


「5名! たったそれだけで、この大きなホテルを運営してるの?」


「はい。通常のホテル業務では、99%以上が自動化しています」


「僕が働いていた、結婚披露宴はどうなっている? まさかフルコースの配膳もロボットがやってるの?」


「特別な宴会においてはサービス・スタッフが派遣されますが、開催件数は平成31年に比べると激減しています。無人飲食店を貸切で利用する人が増えたためです。なお、日本国では5年前に婚姻届出制度が廃止され、結婚披露宴を開く方も全国合わせて年平均1,200件となっています。ホテル・シーイーグル福岡ではここ1年間に1件も開催されていません」


ここでのアルバイトは正直しんどかったが、他に比べると時給が良かった。しかしどうやら、仕事を失ってしまったようだ。


しかも、婚姻制度が廃止されたという。僕なんかまだ彼女もできていなかったというのに、お先真っ暗だ。


   *


「おかえりなさい。街を見てきたの?」


アパートの前で美月看護師に会った。ショートパンツからスラリと伸びた脚が眩しい。


「あ、はい。大学と、前のバイト先を見てきました。今日はお休みですか?」


「うん。私の出勤は火曜日と金曜日」


「え? 週2日だけですか?」


「そうよ。あ、昔は週5日くらい働いてたんだっけ」


「そんな日数で、まともな給料出るんですか?」


「女性の一人暮らしなら充分よ。清明さんは、何かしたいことあるの?」


いきなり下の名前で呼ばれて、どぎまぎする。この人、距離を詰めてくるな。


「そうですね・・・。とりあえず、ちゃんと大学を修了したいので、全国大学なんとかセンターに登録して、バイトも探さないといけないです」


「バイト?・・・えーっと、短時間勤務のことを昔そう呼んでたんだっけ。その、昔の勤務先ってどこだったの?」


「ホテル・シーイーグルで宴会のウエイターをしてました」


「そうなんだ。すごーい!でも、それじゃあ他を当たるしかないね。どうせなら、斯波さんに相談してみたら? 面白い仕事が見つかるかもよ」


「え、でも斯波さんって政府のお役人ですよね。僕にできる仕事なんて知ってるかな」


「斯波さんの部署って、どんなとこか知ってる?」


「情報なんとかって言ってたような・・・。政府の広報部門か何かでしょうか」


「中央情報局は、日本版CIA。つまり諜報機関よ」


CIAといえば工作活動で敵国の要人を暗殺したり、政府転覆したりするスパイ組織ではないか。それが日本にできたということか?


「そんな・・・まさか映画でしか見たことないような仕事が、僕にできるわけないじゃないですか!」


「大丈夫よ。いまは技術が発達してるから、高校生のエージェントもいるって噂よ」


高校生のスパイ・・・?


微笑みながら、とんでもないことを口にした美月看護師の顔をまじまじと見つめたが、本気とも冗談とも判断できない自分がいた。


   *


それから数日、僕は街の中心部を散策したり、現在の社会状況や過去30年間の歴史的推移を調べたりしながら過ごした。


猫型ロボットのミッちゃんからも色々聞いたが、彼女は基本的に僕が質問したことにしか回答しない。


それでも、この時代(こう言っている時点で僕はまだ溶け込めていないのだが)の状況をおおよそ把握できた、と思う。


まさに日本は、驚くほど変貌していた。


AIロボットや自動運転車が普及しているという見た目の変化は序の口で、政治・社会構造そのものが激変しているのだ。


僕が大学の法学部で学んだ知識は、ほとんど無価値になったと言って良い。もはや日本は、僕が知っている日本ではなかった。


まず、東京は首都ではなくなっていた。


令和12年に関東・中部地方の太平洋沿岸を大地震と巨大津波が襲い、東京23区が壊滅。この大震災によって首都機能の分散が余儀なくされた。


皇族方と宮内庁が京都に移ったことを皮切りに、財務省と経済産業省が大阪、総務省と厚生労働省が名古屋(中部地方だが被害は軽微だった)、国土交通省と農林水産省が広島、といった具合に見事にバラけている。


「しかし、福岡が臨時首都になるとはね・・・」


嘆息していると、猫型ロボットのミッちゃんがすかさず反応する。


「北部九州が国政の中心地になることは、日本の歴史上けっして珍しいことではありません。シナ大陸の敵対勢力が朝鮮半島南部を手中に収めるなどして緊張が高まった時期は、日本の為政者は中央から北部九州に一時的に移動してくることが多かったようです」


「そうなの? 例えばどんな事例がある?」


「古い例ですと第14代仲哀天皇のお妃・神功皇后の三韓征伐は筑紫国を拠点として行われました。第37代斉明天皇の御世には百済の滅亡に伴い、現在の九州府朝倉市に遷都されたとの説があります。その他、豊臣秀吉の朝鮮出兵に際しても北部九州が重要拠点として整備されました。また、平時においても北部九州は一貫して、日本の外交窓口及び防衛拠点になっています」


「それで、外務省と防衛省が福岡に移転したわけか。しかしどうして国会議事堂と首相官邸も福岡になったの?」


「敵国による核攻撃の標的になることを恐れた他の自治体が、受け入れを拒否したためです」


「げ、そんなに国際情勢が危ないわけ?」


「はい。令和15年には中国人民解放軍が尖閣諸島に武力侵攻し、それ以来不法占拠を継続しています。世界各地のシーレーン、つまり重要な海上交通路において、現在でも中国海軍と日本海軍の小規模な武力衝突が頻発中です」


   *


日本版CIAこと中央情報局の斯波氏にようやくアポイントが取れ、僕は電車で宗像市に向かった。


僕がコールド・スリープに入った頃、宗像市といえばものすごい田舎で、山河と田園しかない印象だった。


世界遺産にも選ばれた宗像大社に参拝するのに、JRの駅から出ている路線バスの本数が異様に少ないことに閉口した記憶がある。


この宗像市に、首相官邸と内閣府、国会議事堂、そしてそれらを守るように防衛省と日本陸軍宗像駐屯地が置かれているという。


とはいえ、それら政府の重要施設周辺に高層ビルが立ち並んでいるというわけでもなく、のどかな田園風景の面影を残している。


外務省はそんな田舎を嫌ったのか、福岡市の海浜地区にあるらしい。


それにしても、陸軍とか海軍という単語を聞いた時には、未来ではなく過去へ飛ばされたような、妙な気分になった。


しかし自衛隊が国軍に改称されたのは、つい2年ほど前とのことだ。この改称も、日本を取り巻く国際情勢の緊迫化と関係があるのかも知れない。


JR東郷駅から無人タクシーでしばらく移動した場所に、日本版CIAが入っている内閣府のビルがあった。ビルといっても、地上に出ているのはごく一部で、大部分は地下階になる。そして地下何階まであるのかは、国家機密とのことだった。


元・法学部の学生として気になるのが日本国憲法との関係だ。いや、法学部生でなくとも、憲法9条2項が軍隊の保持を禁止していたことは中学生でも知っている。平成時代にも憲法改正は議論されていたが、どうなったのだろう。


ミッちゃんにその辺の情報を確認したのだが、どうやら2度ほど憲法改正が実施されたものの、9条2項が改廃されたわけではないらしい。


しかしその2度の憲法改正の間に在日米軍が大幅に縮小したことで、自衛隊はなし崩し的に、軍隊化されたという。


そのような自衛隊の実質的な軍隊化は、政治家や国民の積極的な意志というよりも、中国の海洋進出や、北朝鮮からの武力攻撃に受け身で対応するうちに、進めて行かざるを得なかったということのようだ。


自衛隊が国内外での実戦経験を踏む中で、憲法の平和主義に対する日本国民の考え方は徐々に変わっていった。


そして3年前に、憲法9条を含む一部条文が停止され、その翌年に自衛隊の国軍への改称が発表されている。


「それにしても、自衛隊と軍隊の違いってなんだったんだろうね」


僕の問いかけに、ミッちゃんはまたスラスラと答えた。


「敵国からの武力行使に対して、自衛隊はあらかじめ法律で許可された対処しかできませんでしたが、軍隊は国際法と国内法で禁止されていること以外は何でもできます。自衛隊にそのような制約があったことで、通算3,421名の自衛官が戦わずして殉職してしまいました」


   *


「いやいや、随分お待たせしてしまって申し訳ありません。もう、現代の生活には慣れましたか?」


前回病室で会った時は頼りない印象を受けた斯波氏だが、今日は堂々としているように見える。


「はい。ミッちゃん・・・いただいた猫型ロボットのおかげで、なんとか生活はできています。働かなくても食べていけるなんて、良い時代になりましたね」


「そうですね。しかしなかなか難しいもので、7年ほど前にベーシック・インカムを導入した時は体調を崩す人なども多くて大変だったんですよ。日本民族というのは何か仕事をしていないと落ち着かない性質があるようで」


「あ、わかるような気がします。僕もアルバイトの経験しかなかったんですが、大学にも行かずに部屋に籠っていると、気が滅入ってしまいました」


「ははは。それは健全な証拠です。役所の仕事も30年前に比べれば大半が自動化されましたが、それでも人間にしかできない仕事はあるもので、私なんかはこう見えても忙しい毎日です」


「看護師の美月さんに聞きました。日本版CIAって、どんな仕事なんですか? まさか本当にスパイ活動とか?」


「いやいや、そんなにカッコいいものではありません。アメリカのCIAに比べても、組織は遥かに貧弱ですし。仕事の大半は地味なもので、名前負けしてますよ」


「ふーん。そうなんですね。何か僕にもできる仕事があるんでしょうか? 僕は外国語も話せませんし、運動神経もそれほど良くないですが」


「その点は問題ありません。飯倉さんには一定期間、特別な訓練を受けていただきたいと思っています。その話をする前に、実は会っていただきたい方がいるのですが」


「はい。どんな人ですか?」


「国民独立党の事務総長です。いまの政権の、〈影の参謀長〉とも呼ばれている方なんです」


(続く)

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