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恋闕のシンギュラリティ  作者: 本山貴春
12/12

エピローグ

佐世保市の中心部を貫く四ヶ町商店街は、現在でも日本一の長さを誇るアーケード街だが、同時に日本一のシャッター街でもある。ここを歩くと、まるで昭和時代にタイムスリップしたような錯覚に陥る。しかし先日の大規模テロに伴い、この街に政府機能が一時的に移転されたことから、シャッター前に屋台が立ち並ぶなどして、にわかに活況を呈している。


退院後、僕は1週間の休暇を与えられた。といっても特にやることもなく、猫型ロボットのミッちゃんと街を散策するのが関の山だ。


「恋子さん、じゃなかった。内親王殿下はお元気かな」


「はい、宮内庁の公式発表を確認する限り、ご壮健でいらっしゃいます。2年後に成人されたのちには、立太子されることが内定しました」


つい最近まで一緒に訓練していたのが遠い過去のように懐かしかった。あの少女が、外国人のテロリスト集団に拉致されたのだ。なんとか救出できたものの、総理大臣をはじめ政府高官と軍のトップは首を揃えて辞職した。逆に僕は、二階級特進で陸軍大尉に任じられることになってしまったのだ。


   *


「青桐大尉、休暇中にお呼びだてして申し訳ありません」


僕は斯波少佐の連絡を受け、佐世保史料館「セイルタワー」を訪れた。旧帝国海軍から海上自衛隊までの軍服や軍艦模型が所狭しと展示されている、7階建の古いビルだ。


「歴史シミュレーターに入って、僕はあまりに歴史に無知だったと思い知らされました。しかし最初に言われた、日本の国体というものについては未だによくわからないんです。これから、この国はどうなるのでしょうか? 僕が眠らされている間に、あなた方がやったことは明治維新のようなものですか?」


「われわれは明治維新のときよりも遥かに広範な国民の支持を得て、政権を担うに至ったと自負しております。多少強引な手段を講じたという批判は甘んじて受けますが、体制を転換するためには致し方ないことなのです。年内には選挙も再開しますし、未来を決めるのはあくまで国民です」


「軍に入って、隊員たちがあまりに若いのに驚きました。激しい訓練にも、よく耐えられるものだと感心します。平成時代からは考えられないくらい、価値観が変わってしまったんですね」


「この30年間、わが国は外敵の脅威に晒され、多くの血を流しました。もっと早く変わっていれば、流さずに済んだ血です。日本は、あまりに長く眠り過ぎたとすら思います」


その時、外からバラバラという爆音が聴こえてきた。


「お見えになったようです。大尉、上階へお進みください」


   *


「殿下、とお呼びしなければいけませんね」


「…今日はお礼を言いに来ました。青桐大尉、ありがとう」


「僕らの方こそ殿下に救われました。あのまま現場に突入していたら、撃墜されていたでしょう」


「その時は、ちゃんと靖国にお礼に参りますよ」


靖国神社か…。ずいぶん時代掛かったことを、さらりと言う少女だ。いや、国家のために死ぬことを奇妙と思う僕の感覚の方が、古いのかも知れない。


「清明さんは、初めて会った時とは見違えるようね」


「最新の科学技術のおかげで、少しは逞しくなったのかも」


「ううん、それだけじゃないの。もっと精神的に、大人びて見えます」


「考えてみれば、僕が目を覚まして1年も経っていないんですよね。この戦乱に慣れ始めている自分が怖い気もします」


その時、窓の外から汽笛が聴こえた。ここからは佐世保港が一望できる。見ると、旭日旗を棚引かせた軍艦が出港するところだった。甲板に将兵が整列し、敬礼している。


「中国へ、艦隊を送るそうですね」


港へ向けた僕の横顔に、恋子さんの視線を感じた。


「僕はあの時、あなたを救うんだと思えば恐怖を忘れることができました。具体的に、守るべきものがあった。しかし、彼らはどうでしょう。国を守るとは何なのか、守るべき日本とは何か、まだ僕は腑に落ちないんです」


「あの方々も、大切な人を守りたい。ただそれだけではないでしょうか」


僕は咄嗟に恋子さんの目を見た。彼女の真っ直ぐな瞳に、僕は射抜かれたような気がした。眩しくて、思わず目を伏せた。


「清明さん、私と一緒に大陸へ渡っていただけませんか?」


   *


「…国民独立党が政権を預かって3年、わが国は総力を挙げて、平和維持に努めて参りました。しかしその甲斐もなく、中国大陸に跋扈する軍閥やテロ集団による攻撃は留まるところを知らず、ついに先日は首都への戦術核攻撃及び大規模化学テロがなされたのです。われわれはその首謀者を深圳軍閥であると突き止めたところであります」


前首相に代わり、総選挙までの暫定政権として大命を受けた元コメディアンの政治家が、大観衆を前にドーム球場で演説していた。球場には5万人以上の国民が詰めかけている。僕は演説する首相を背に、100名の兵士とともに直立不動で整列しているので、国民の熱気を正面から受ける形になった。激烈な演説は、終盤へ向けてますますボルテージを上げている。


「今日は皆さんに、勇気ある青年をご紹介致します。先般の皇女拉致事件において格段の働きをもって見事に殿下をお救いした、青桐清明大尉であります」


首相がそう言うと、強烈な白い光が僕とその周囲に注がれ、眩しくて目が開けていられないほどになった。一瞬の静寂をおいて、爆発的な拍手と歓声が湧き起こる。僕は姿勢を崩さないように、必死で耐えた。


「青桐大尉とその部隊は、これから最も危険な前線に赴き、反日武装勢力を根絶する重要任務を与えられております。日本の平和、アジアの平和、そして世界人類の平和は彼らに掛かっていると申しても過言ではありません。この度の派遣部隊をアジア平和維持軍と命名し、その最高司令官に恋子内親王殿下を戴くことを決定いたしました!」


音楽隊が高らかにラッパを鳴らす。その合図にあわせ、僕ら百名の部隊は回れ右をする。スポットライトを浴びたまま、僕だけが一歩前進する。ステージ脇から、真っ白な軍服に身を包んだ恋子内親王殿下が現れる。殿下は僕の目の前に進むと、供奉していた女官から軍旗を受け取り、僕に下賜した。さらに盛大な拍手が沸き起こり、球場全体を鳴動させた。軍装の殿下は、白百合のように気高く美しかった。


   *


上海市は、幾度もの戦乱と騒擾に揉まれながらも、なお1千万人超の人口を誇る大都市だ。古い西洋風のビルが立ち並ぶ外灘地区の一角に秘密拠点を設け、僕らは作戦会議を開いていた。若いチベット人将校が口火を切った。


「日本の空母を上海に入港させて深圳軍閥を威圧すべきだ」


「そんなことをしたら北京と深圳を団結させかねません」


斯波少佐が即座に反論した。アジア平和維持軍の司令部が置かれる日本艦隊は各軍閥を刺激しないよう東シナ海を遊弋し、僕ら一部の特殊部隊だけが密かに上海入りしたのだ。


「われわれが上海軍と連携したことはとっくに感づかれている」


今度は年配の白人風の男が発言した。彼は旧ウイグル自治区出身者だ。ここには上海人、チベット人、ウイグル人、モンゴル人、台湾人、香港人など、多種多様な民族の代表者が集結している。僕ら日本人は、あくまで支援活動に徹することになっていた。首相は威勢の良いことを言ってはいたが、日本政府は「あくまで中国革命は大陸人によってなされるべき」という姿勢を崩していない。群雄割拠する軍閥どうしが互いに消耗し、日本を攻撃しなければそれで良い、という考えだ。ただ、チベットやウイグルに対しては人道支援の名目で食糧援助を行い、その裏で最新型の無人兵器も供与している。


「日本には香港の海を機雷封鎖していただきたい」


深圳軍閥に占領されている香港から亡命してきた女性の発言に、参加者全員の視線が注がれた。


「そうすれば深圳軍閥は外洋に出られず、貿易船も近づけないので、たちまち経済的に干上がるでしょう」


若い香港女性は艶然と微笑んで言った。女性の目は、斯波少佐ではなく僕に注がれていた。全員の視線が僕に集中する。


   *


「なんども歴史シミュレーターに入って、気づいたことが一つあります」


僕は空母鳳凰で、最高司令官の恋子内親王殿下と向き合っていた。


「日本は、自ら領土的野心を抱いたことも、世界経営に関心をもったこともありません。しかし、常に外界の影響を無視することはできませんでした。中国が強大な時には中国と、西欧が強大な時代には西欧と、苦心して対等に付き合い、国民を守ろうと努力してきた。その労苦は、いずれの時間軸においても大差ありませんでした。だからこそ、民族としてのアイデンティティを大切にしてきたのでしょう」


殿下の視線は、まっすぐ僕に注がれている。


「大東亜戦争の敗北から100年が経ちました。いま世界は、日本の登場を望んでいます。特にアジア諸民族は、自由と民主主義に基づく自主独立を願い、それが大衆的うねりとなって、中国大陸の動乱と対峙している。ここに平和をもたらし、新しい秩序を築くことは日本人に与えられた使命ではないでしょうか」


殿下が重い口を開いた。


「しかし、この作戦はあまりにも危険です。機雷敷設だけならまだしも、深圳の市街地に潜入して敵の本拠地をたった100名で制圧するなど。この作戦を許可するということは、あなた方に死ねと言うようなものです」


その瞳は、涙を湛えていた。


   *


機雷封鎖で深圳軍閥が混乱している隙に、僕らは敵の中枢へ潜入し、軍首脳7名を拘束した。この作戦で友軍29名が戦死し、敵は100名以上が死傷。あまりにも重い犠牲だった。


「大尉、敵の戦車部隊がここに迫っています。内陸部から動員されたようです」


「敵部隊から通信! 1時間以内に人質を解放しなければ、総攻撃に移ると通告しています!」


深圳軍閥の首脳が笑いながら言った。


「われわれを人質にして交渉しようとしても無駄だ。部下たちは、われらもまとめて殺すことを厭わない」


その時、異変が起こった。深圳市民たちが、僕らが占拠しているビルの周囲に群集し始めたのだ。その数は、たちまち数万人に至った。群衆は口々に叫んでいた。


「軍閥に死を!」


「共産党を滅ぼせ!」


世界最先端の科学技術で恐怖政治を敷いてきた深圳軍閥に対する人民の怒りが、僕らの作戦に触発されて爆発したようだった。僕は部下に拡声器とネット中継の準備を命じ、群衆を見渡せるテラスに立った。


「深圳市民の皆さん、われわれは日本からやってきたアジア平和維持軍です。私は、青桐清明大尉です!」


群衆が静まりかえる。上空には、報道機関のドローンが舞っている。


「われわれは、深圳市民の皆さんや、中国人民を敵にするつもりは毛頭ありません! ただ、自らの家族と故郷を共産主義者から守るために戦っているだけなのです! 中国共産党は分裂しましたが、度重なる内戦で中国人民を苦しめてきました。われわれが皆さんを解放できるとは言いません。ただ、われわれの心は、自由と民主主義を求める皆さんとともにあります! 中国人民の皆さん、平和で豊かなアジアに帰りましょう! 前世紀の亡霊である共産主義を地上から駆逐し、ともに繁栄の時代を築きましょう! われわれはそのために、この挙に出たのです」


大群衆は僕の呼びかけに大喝采で応えた。


「アジアに平和を!」


「アジアに繁栄を!」


群衆の叫びは地鳴りとなって街全体に響き渡った。その時、幽かに銃声が聴えたと思うと、僕の胸から鮮血が迸った。灼けるように熱い感覚だけがあって、僕はその場に斃れた。


   *


目を覚ますと、僕は真っ白な病室でベッドに寝かされていた。


「気がつかれましたか。気分はいかがですか?」


そばで作業をしていた女性看護師が声をかけてきた。咄嗟に確認したが、胸に怪我はなかった。


「ここは、深圳ですか?」


「え? ご自分のことわかりますか? ここは九州国立医療センターです。あなたは一年近く昏睡状態だったんですよ」


頭痛とめまいを感じる。既視感に、鳥肌が立った。


「…ええっと、今日は何年何月ですか?」


「…令和元年12月です。先生を呼んで来ますね」


看護師が慌てて病室を出て行った。


これからやってくる、動乱の三十年が陽炎のように揺らめいていた。


(完)

最後までお読みいただき感謝です。作者としては初の連載小説でした。


本作は月刊「国体文化」の印刷発行版に連載され、同誌WEB版( https://www.kokutaibunka.com )でも無料公開されています。


タイトルがなかなか覚えてもらえないのですが「恋闕」という素敵な言葉を広めたい、という意図もあり、このタイトルにしました。「けつ」というのは宮城の門を意味し、日本では天皇陛下のことです。


すなわち「恋闕」は、「恋い焦がれるように燃える忠誠心」といった意味があります。戦前ではよく使われたようですが、戦後は死語になっていますね。


本作から、「日本の国柄」というものについて考えるきっかけを持っていただければ幸いです。


尚、本作の続編『水戸黄門時空漫遊記』が月刊「国体文化」にて連載中です。

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