来客
酒保業者の警護の仕事から帰ってきて、頭を冷やして考え直した。
義父さんの事は何かの間違いと思いたい。例えば誘拐団にさらわれた私をたまたま遭遇した義父さんが全部倒してしまったとか。義父さんが襲撃犯なら身代金を取ろうとするはずだし、暗殺した相手の子供を養子にして育てるとか意味がわからない。
どっちにしても一度家に帰って義母さんに話を聞く必要がある。
私はアンジュ公爵領へ潜入する準備をした。今回は男爵令嬢に扮するため華美すぎない乗馬服に帽子を被るつもり。
武装は弓が中心。離宮で騎射の練習をやったし、狩猟でもそれなりの命中率だった。他にはショートソードに投擲用ナイフを袖に仕込んでる。兎に角道中は物騒だし、これぐらいは必要最小限でしょ。
新たに買った弓矢を城外の宿に預けた後、口入屋に寄った。
『こんにちは』
『あ、アネットさん。今日はそんな恰好でどうしたんです?』
女性らしい恰好をした私を見た口入屋のおじさんがそんな事を言う。ここに初めて来た時は小娘扱いだったのに最近は随分丁重。まあ色々武勇伝を聞かされてるんでしょうね。
『ちょっと挨拶に来ました。実は暫く仕事が出来ないの』
『そうですか。そう言えば、昨日隊商と一緒にモンスから来た人があんたの事を探してるみたいですよ』
モンスから来た人って誰だろう?
『そう言えば奇妙な話を聞いたんですが……アネットさん、お姫様の身代わりになる仕事やった事ある?』
何で?
『何故そんな事聞くんですか?』
『最近そういう話を良く聞きますよ。あちこちの荷主がアネットさんが警護の仕事をしてるって聞くと凄く驚くって』
商人ってもっと口が堅いと思ってたんだけど、そうでもないみたいね。この口調もひょっとしてその話を聞いたからなんだろうか?
その日はそれ以上は何も無かったけど、翌日問題の人が向こうからやって来た。
『こちらは、アネット・ロンさんのお宅で間違いないですかね』
『どちらさまでしょうか?』
聞いた事のない年配の男性の声が玄関の方でする。私の名前を呼ばれて、髪の毛を出来るだけ整えて部屋を出た。アウクスブルクを脱出する際、デタラメに切った髪を伸ばして整えようとはしているけど、中途半端な長さの髪が見苦しくって。
玄関に出ると商人風の服装をしたやせた老人がナタリーと話をしていた。
「アネット・ロン様ですか?」
いきなりの王国語。
『ナタリーさん、この方どなたですか?』
『アネット様を訪ねて来たらしいですが、まだ詳しい事は聞いておりません』
どうやってここが分かったんだろう?私がここに住んでる事を知っている人間は限られている。警護関係は私の住居を知らないはず。店子や近所の人は私の名前を知らないと思う。
私の名前とここに住んでることを知ってるのはナタリーさんとランベルトの関係者、ヤンさんは当然として後は……両替商のマイヤーさんか。
「アネット様、お久しぶりでございます」
いきなり何を言っているんですか?このお爺さんは。
「どなたでしょうか?」
「マチュー・サニエでございますよ。覚えておられませんか?」
「覚えてはいませんね」
「無理もありません。私がお会いしたのはセリーヌ様がお亡くなりになる前の事ですから」
義父さんに拾われる前の事は全く覚えてないのに、そんな事言われても。と言うかこの人アンジュ公爵家の人なの?
「それで、どなたなんです?」
「エリック様の私室の部屋係だったマチュー・サニエでございます。セリーヌ様、アネット様が来られた時は色々お世話申し上げましたが」
「何かお間違えになっているのではないですか?私はアネット・ロンです」
「お隠しになっても分かりますよ。マリー様のそっくりなそのお顔、セリーヌ様にそっくりなその緑の瞳」
何故みんな簡単に見破っちゃうのかな?
「それでどの様な御用でしょう」
サニエさんは肩から掛けた鞄から紙包みを取り出して私に差し出した。その包みは真ん中に蝋で封印がされ、印章が押されていた。
「エリック様の頃アンジュ公爵家の家宰だったエミール・クローから預かってきたお手紙です。必ず一人でお読みくださいとの事です」
「明日また参ります。その時お返事をお願い出来ないでしょうか?」
そう言うとサニエさんは帰って行った。
『どの様なお話だったのですか?』
『お手紙を頂きました』
『それは見ていて分かります』
『どんな話かは手紙を読んでみないと、何とも言えません』
『そうですか』
『部屋で読んできますね』
部屋に入ると手紙をナイフで開封した。
「拝啓 アネット・ド・アンジュ様
エリック・ド・アンジュ様の忠臣、エミール・クローがアネット・ド・アンジュ様に啓上いたします。
アネット様がご健在でおられる事をお聞きし、心よりお喜び申し上げます。
エリック様、セリーヌ様が亡くなられ、アネット様が失踪されて以来、この世の終わりが来たかの様な日々を送っておりましたが、今再び昇る日を見るような思いを致しております。
アネット様にはぜひアンジュ公爵家へお戻り頂き、我らの主となって戴きたいとの思いでペンを取りました。
我々エリック様の臣下の者はミシェル様のなさり様にこれ以上従う事は出来ません。
アンジュ公爵家をミシェル様がお継になって以来、王家、周辺の領家と争いが絶えません。
また帝国と結んで王国を裏切る事を我々臣下の者は良しと致しません。
ましてそのためにアネット様を帝国に差し出すようなこの程の仕儀、とても許される事ではないかと存じます。
アネット様が皇帝の長子との婚姻を拒否され、出奔された事を聞き及び、流石我らが姫と感慨無量で御座います。
我々はセリーヌ様遭難の件、エリック様殺害の件でミシェル様に重大な疑義を持っております。
警護の者より、エリック様が亡くなられた際、ミシェル様と一緒に塔に登られ、ミシェル様一人がお帰りになったとの証言を得ております。
その者はその翌日以来行方不明でしたが、アネット様の無事が確認された事から私の下を訪れその情報をもたらしたのです。
我々はもはやミシェル様に従う事は出来ません。
願わくは、アネット様にアンジュ公爵家の主となり、アンジュ公爵家及び王国の礎となっていただきますよう伏してお願いいたします。
敬具
14××年 6月 某日
エミール・クロー」




