ログ009 帰着
イスカとイオは、都城門へと辿りついた。
イオは、外部からの訪問者のための門にできた行列に並ぶ。
イスカが不思議そうにしているので、イオが説明する。
「僕は、市民の資格がないので、出入りには手続きがいるのです。」
「……そうか。では、門の中で待ち合わせとしよう。私は、任務完了の報告をしてくる。」
「え? 待ち合わせですか?」
「いいから、門の向こう側で待っていろ。時間は大して掛からん。」
「あ、でも、僕は入城に時間がかかるかもしれませんよ……。」
「その時は、中で本でも読んで待っているさ。」
イスカは、スルスルと人並みを抜けて姿を消していく。
勇者の駐屯地は城壁の内側にあるが、市民や来訪者のための門とは離れた場所に出入りの門が設けられているのだった。
四半刻ほども列に並んで、イオは門の中に入ることが出来た。
門番の衛兵とは顔なじみではあるが、汚らしく臭いイオを市街地に入れることを良しとしない上役もいた。
上役に諂う「はずれ」の衛兵が詰めているときには、もう一度時間帯を変えて並びなおさなければならないこともあるが、今日は順調だったと言える。
キョロキョロと周囲を見回すが、イスカの姿は見当たらない。
門の中は広場になっており、大勢の人が行き交い、あるいは立ち止まって誰かを待っている。
(しまった、どこで待つか、伝えていませんでしたね……。)
広場には彫刻なども置いてあるが、目立つ場所は待ち合わせの人間が多くたむろしている。
渋熊の毛皮は脱いで脇に抱えているが、このまま人の居る場所に近づいたら、間違いなくトラブルのもとだろう。
(どうしようかな。)
イオが辺りを見回しながら躊躇していると、後ろから罵声が浴びせられた。
「おい、てめぇ。通行の邪魔だろうが。きったねェ形して、ナニ突っ立ってんだ。」
「え、あ、すみません、すみません。」
振り返ると、流れ者らしい破落戸が二人、イオの背後に立っていた。
慌てて頭を下げ、道を譲ろうとするイオを、罵声を浴びせた男が革のブーツで足蹴にする。
「うっ……!」
イオは、無様に石畳に叩きつけられる。
肩や膝を打ち付け、襤褸に血が滲む。
「つぅか、何だ、そのクッセェ毛皮……。ん? あぁ!? てめぇ、俺のブーツが!」
イオを蹴りつけた男のブーツには渋熊の毛がへばり付き、長いこと放置された便器に酔っぱらいのゲロをぶちまけたような臭いを放っていた。
「うぉ、くっさ! 近づくな!」
もう一人の破落戸に指さされながら大笑いされ、ブーツの男はさらにイオに怒りをぶつける。
「こんのヤロォ!!」
ブーツの男は、近くの店の表にあった金属の椅子を引っ掴む。
それなりの重量のあるはずの青銅製の椅子を軽々と持ち上げると、男はイオの頭上に振り上げた。
尻餅を搗いたまま、イオは、両手で頭を庇うのが精いっぱいだった。
「遅くなったわね。待った?」
明らかに場違いなセリフが、少女の声で発せられた。
ブーツの男が、眉間にしわを寄せたまま振り向く。
イオも、薄目を開けてそちらに顔を向ける。
眼鏡を掛けスカートを履いた、銀髪の少女がそこに立っていた。
「……あ?」
数瞬を経てから、男が、威圧する声で唸り、口を開く。
「なんだてめぇ。このガキの知り合いか。お前が責任取るか。そうか、それでもいいぞ……」
一方的に汚い口調でまくし立てていた男の声が、途切れる。
「……あ?」
今度は、疑問と、不安の響きのこもった声だった。
「さ、行こうか。」
少女は、イオに手を伸ばす。
「え……、イスカ様?」
シンプルなフード付きチュニックに、柔らかなラインのプリーツスカート。
銀の眼鏡に、艶のある銀の髪。
イスカは、見違えるように整った出で立ちでそこにいた。
「お、おい……。」
ブーツの男が、声を震わせながらイスカに呼びかける。
「安心して。しばらくすれば解けるから。次に見かけたら、当分立ち上がることも出来なくするから、気を付けてね。」
イスカは、ひらひらと手を振って見せた後、スタスタと歩き出す。イスカに腕を掴まれたまま、イオが小走りでついていく。
「え? え? 何をしたんですか?」
「ただの封縛よ。あんなんでも一応市民だから、あまりヒドイことすると私が後で叱られる。それより、まずはその格好をなんとかしよう。」
その後、イオは呆然としたまま、街の何か所かを連れ回されることになる。