ログ025 魔素収集
翌日、二人は朝からギルドに出向いて、他の探索者数名とともに説明を受けている。
魔素を集める方法には、二種類あるという。
一つは、魔物を狩り、死骸から放出される魔素を集める方法。
もう一つは、魔素の濃い場所に赴いて、漂う魔素を集める方法、である。
討伐が得意ならば前者の方が効率が良いが、大物を狙えば危険度は高い。
後者も、魔素が濃い場所は魔物の生息密度も高いため、やはり危険度が上がる。
効率と危険度を天秤にかけるという意味では同じだが、魔物と遭遇した時に、狩りに行くか接触を避けるかの違いと言える。
「僕達でも、魔素集めに行くことはできるんでしょうか。」
イオは、ギルドの職員に訊ねていた。
「魔素集めに重要なのは、戦う力というよりも、まずは逃げる能力ね。強い魔物に出会ったときに確実に逃げられないようじゃ、危なくてやってられない。」
魔物には、普通の刃物ではほとんど傷を負わせられない。
叩きつけたり抉ったり、本体から魔素の肉を引き剥がさなければ、また元に戻ってしまう。
魔物を狩るには、魔道具の武器か精霊術を用いるのことが必要だった。
もっとも、魔物は、生きるために肉を食らう必要はない。
人を襲うのは、魔力が美味しそうなときか、あるいは怒らせたとき。
むやみに刺激しなければ、しつこく追ってくることもないのだと。
ギルド職員の女は、頭に浮かぶ探索者がいるのか、苦々しい顔をしながらイオの肩に手を置いた。
「そうはいっても、普段偉そうな口をきいてる力自慢の探索者はね、逃げ帰ってきたってのを報告するのが嫌なわけよ。
だから、魔素収集の時期の探索者は荒れてることが多いの。絡まれないように気を付けてね。」
(これは、イスカ様が勇者だと知られないように、頑張らないといけませんね……。)
イオ達が扱うのは、探索者達が魔素を集めてくる魔道具である。
よく使われているいくつかの形が紹介され、足早に作業の手順が説明されていって、一区切りとなった。
「これが吸魔瓶、魔素に圧縮が掛けられるけれど強い衝撃には注意が必要。こっちが吸魔袋で、圧は掛けられないけれど吸魔砂とも組み合わせて使える……」
「ふふ、そんなにキッチリ覚えなくたって、大丈夫。少しやっていれば、自然に覚えられるよ。」
休憩時間にメモを眺めながらブツブツと復習していたイオの隣に、講師役のギルドの職員が座って声をかけている。
(どいつもこいつも!)
イスカは、建物の陰で腕組みをしているのだった。
魔道具の説明は順調に進んだため、昼前にいったん解散となった。
次に参集するときには、実物の納品が始まっている。
それまでの時間を使って、イスカとイオは精霊術の訓練を開始することにした。
拠点までの道で、イオは、木製の椅子を一脚、抱えて運んでいる。
角度によっては、椅子がひとりでに浮いて動いているようにも見える。
「お前は、体が小さいわりには力があるのだな。」
「採集の仕事で、たくさん歩きました。それに、お師さまのところにいた頃は、雑用を何でもやらされていましたから。」
(従順なのも結構だが、もう少し子どもらしく、気ままに動いても良かろうに。)
イスカは、里でやんちゃな子どもだった自分のことを少し思い出す。
拠点のベッドにイスカが座り、向かい合って椅子にイオが座る。
「王国で精霊術をどうやって学ぶか、聞いたことがあるか?」
「いいえ、詳しくは何も。精霊と、契約を結んだり、使役したりとかいう話を耳にしたことはありますが。」
「うん。あれな、間違いではない。だから、王国では最初に精霊を見るための術から訓練する。次に、精霊に命令するための術とかだな。
が、答えとしては半分に満たない。」
「はあ。すると残りの半分は?」
「精霊の力は、精霊が見えなかろうが、話しかけられなかろうが、借りられる。もっと言えば、術の力を借りても目に見えぬ精霊はいくらでもいる。」
「術を使っても、目に見えない精霊ですか。」
「簡単な話だ。小さいからさ。」
イスカは、指先で空中を指し示す。
「この空気の中にも、密度は低いが、精霊は存在している。とてもとても小さくて、目にすることはできないし、声も聞こえない。術を使って調べようにも、探知の術の余波で散ってしまうような軽さだ。」
イオは、不思議そうな顔をして宙に視線をさ迷わせた。
「私は、彼らに力を借りている。」
イスカがフワリと手を動かすと、その周りで、ゆらりと空気が揺らめいた。