ログ023 ギルド
「私は回収者で、先ほどまで任務中だった。あとは、分かるな……?」
「イスカ様が一人で戻ったということは、それ以外のお仲間は全滅したのですね。すると、その蘇生のために、探索者達はこのあと魔素集めに駆り出されることになると。」
「そのとおりだ。」
イスカは、出来の良い生徒を前にした教師のように目を細める。
「魔素は、一所に長いこと溜めておくと魔物みたいな良からぬモノを生む。どうしても、必要になってから集めなくてはならん。
振り回されるのは、探索者だけではない。緊急でないと看做された依頼は全て後回しにされるのだから、依頼者も、愚痴や苦情の一つぐらいあるだろう。」
ふむふむ、と頷きながら、イオは考えを巡らせている。
「勇者も、探索をすることがあると言いましたね。」
「任務外の探索で減らした魔素は自分で補填する必要があって、普通は割に合わないがな。」
「すると、イスカ様は、損をするのに僕のために同行を?」
「派手な戦闘を避ければ、魔素の減りはどうということはない。だいたい、イオは戦えまい。探索者になりたての我々が受けられる依頼など最低級のもの、採集か何かの依頼を受けておく分には問題なかろう。」
「勇者の任務は、放っておいて大丈夫なのですか?」
「お前も心配性だな。」
イスカは、笑みを浮かべる。
「私が好きでやっているのだから、気にするなと言いたいところだが。
いいか、魔素が集まらなければ私の仲間は蘇生できない。
つまり、ギルドで魔素を集めろという緊急指令が出ているうちは、勇者としては待機中ということだ。」
「なるほど。さすがイスカ様ですね。」
イオは、感心した表情で手を打つ。
「そんな気の利いた話でもない。では行くぞ。」
二人は、探索者ギルドの扉を開けた。
ギルドのホールは、喧噪に包まれていた。
「すごい人の数ですね。」
「魔素収集の指令が出たのと、それまでの依頼の中止や延期を調整しなきゃならんのだろう。」
イスカは、大勢の探索者がひしめき合ってやり取りをしている合間を、すり抜けるように進んでいく。
イオは、イスカに手を引かれ、おっかなびっくりでぶつかってしまった相手に謝りながら、どうにか窓口までたどり着いた。
「探索者の登録をしたいのだが。」
イスカが、ギルド職員に声を掛ける。
二十代の半ばか、静かな気配を漂わせた眼鏡の女性は、素早く二人の足元から頭の先まで視線を走らせている。
「何か探索の経験はおありですか?」
事務的だが柔らかい口調で質問される。
イスカも、職員の反応を横目で観察している。
(とりあえず、子ども相手でも接するのは好感が持てるな。)
「私は荒野での移動に慣れていて、多少は精霊術も使える。彼は、素材の採集の知識が豊富だ。初級の依頼なら、二人でもこなせると思う。」
「分かりました。それでは、こちらの書類に目を通していただいて、記入と署名を。」
渡された二枚の書類を一瞥すると、二人は軽口を交えながら、それぞれに記入していく。
職員の女性は、その姿をじっと眺めている。
「あんたら、探索者やろうってのか?」
二人に声を掛ける男が一人。
「それが、なにか?」
イスカは、抑えた口調で応える。
「金が無いようにも見えんが、ワケありか?」
男は、体格はよかったがその格好はみすぼらしく、痩けた頬も荒れた肌も、荒んだ暮らしを伺わせるものだった。
「そうだな、あんたには話せないようなワケがある。」
イスカは、ひと睨みだけ男に視線を送り届け、後はもう無関心をあらわにして窓口に向かった。
ひゅう、と誰かが後ろで囃している気配があって、イオはキョロキョロとそのやり取りを眺めていた。
「これでよいか。」
イスカが、二人分の登録料大銀貨五枚と共に書類を提出する。
大銀貨五枚は銀貨にして五十枚、中層市民一人の一月分の生活費にあたる。
「はい。イスカさんと、イオさんですね。お二人は共同探索者ということで。初級の探索者として登録が完了しました。」
探索者への依頼は非常に多岐にわたるので、個別の依頼を受ける際に詳しい条件などが説明されることになっており、登録自体は簡単に終わる。
探索者の登録を示す、首にかける形のタグが渡される。
タグは、色で等級が判別できるようになっており、名前と登録の番号が刻まれていた。
「よし、イオ。明日からの探索のために、依頼を見繕っておくか。」
「はい。」
窓口を離れ掲示板へ向かおうとした二人に、職員の女性が、声を掛ける。
「あの、少しお話があるのですが。」
「ん? 何か問題が?」
振り返ったイスカには、わずかながら緊張の気配がある。
「いえ。お二人とも、書類仕事が得意な様子でしたので。
掲示していない依頼で、斡旋できるものがあるのですが、お話だけでも聞いていかれませんか?」