ログ019 魂の器
講師と部隊長が自分のことを話題にしているなどとは夢にも思わず、その頃のイスカはと言えば、自らの計画が順調であることに、唇の端を歪めたりしていたのであった。
勇者の体は魔素で出来ているが、身体そのものとは別に、内側に霊的な存在を宿し、貯めている。その容れ物は、教本では「魂の器」と表現される。
魂の器に貯められた魔力を使って「術」が発動され、前衛職では主に打撃や防御の強化に、後衛職では精霊への働きかけなどに消費される。
回収者の場合は特殊で、霊力を貯める代わりに、その器に、他のメンバーの魂憶を複製し、保管する。
魂の器の容量は限られているので、その役割だけに絞って全うするのが最も効率的であると、勇者の手引きでは語られている。
(でも、過去の勇者は、皆が色々な戦い方をしていた。)
イスカは、史書を読み漁る中で、今の勇者は昔と比べて戦い方も扱う術もずいぶんと制限されていることに気付いた。
術以外にも、魔素の身体を成長させたり、顔貌を変えていたと考えないと成り立たない文章などもある。
今教えられている術は、ある意味では整理集約され洗練されたものではあるが、王国側が勇者に使ってほしくない術が、いつしか講習から外されたというのは在りそうな話だった。
(勇者の術って、本当は、もっと自由に色々なことが出来るんじゃないのか。)
イスカは、幼い頃から魔力の流れを感じることができ、勇者としての訓練を受ける前から精霊術の真似事を行っていた。
講習で習うようなやり方以外にも、精霊や魔力を扱う方法があることを、知っている。
それに、イスカには、自分の魂の器のことも、はっきりと感じられた。
(魂の器の形だって、一つじゃないはず。)
イスカは、自らの魂の器の形を変えられないか、日々試行錯誤を繰り返していた。
任務中の回収者は、その魂の器のほぼ全てを供出してもなお足りず、少しでも多くの魂憶を収めるために、自分自身の魂も削ぎ落して圧縮しているのが普通だ。
一人の魂の中に、四人も五人もの魂を収めていこうというのだから、完全に元のままとはならない。
装備していた魔道具の精霊も、一緒に運ぶ必要がある。
本当に上位の精霊は、破壊されても自分自身で移動して、持ち主と一緒に蘇生できたりするが、そうでない精霊は、魂憶と同じように回収者の負担になる。
当然、蘇生される勇者も、回収者が受け入れられるように、魂には圧縮が掛けられ、ほのかな思い出や気持ちのようなものは、みな零れ落ちていってしまう。
死んだときの恐怖や痛みが、記憶の複製と圧縮の間に取り除かれているから、次にまたすぐ探索に出る気になるのだという説も、まことしやかに語られていた。
回収者も他の勇者も、圧縮が解けた直後には、探索や戦い以外のことをなかなか思い出せないほどだった。
だが、イスカは、大きな魂の器を持っていた。
新たな秘密の領域を設定してもなお、十人並みの回収者としての任務をこなせるほどに。
そして、仕切りの外側の領域は、王国の術師達にも認識されないものであることを、慎重に確かめた。
(私は、忘れたくないものを、残す。)
イスカは、新たな領域の中に、魔力と、魂憶の一部を収めることにした。
それは、ある程度自分一人でも戦える力、そして自分の物語を忘れずに持ち続けることの、誓いだった。
今のところ、その魂憶の中身は、お気に入りの本だったが。