ログ018 ウェーリとミテル
とある午後の駐屯地。
食堂でウェーリがひとり遅めの昼食を取っていると、テーブルに歩み寄ってくる人影があった。
長い髪の若い男の、軽装の剣士のような出で立ち。
手に持った大きなカップからは、湯気と珈琲の香りが立ち昇っている。
「ウェーリ、ここ、いいか。」
ウェーリとミテルは、駐屯地で働きだした時期がほぼ同じで、言わば同期だった。
だが、術師として生身のままであることを選んでいるウェーリに対し、ミテルは勇者になっている。
「ああ。珍しいじゃないか、ミテルが食堂に来るなんて。」
二十代半ばのウェーリと十七、八の外見のままのミテルが並ぶと教師と生徒くらいの関係に見える。
が、ミテルは部隊長まで務めており、むしろウェーリよりも階級は上となっている。
もっとも、二人はフランクな口調で過ごしていた。
「ウェーリを捜して来たんだよ。」
勇者は、表面的な形や感触は人間そっくりであるが、食事からは栄養を取らない。
味や温度は感じるので、気分で菓子や飲み物をたまに口にする程度だ。
なお、食べたり飲んだりしたものがどこに行くのかは、謎とされている。
「へぇ。ミテル、どういう風の吹き回しだ? この前のカードの負けを払いに来たのかい?」
「おいおい、お前さんのダーツの負けを、どれだけ忘れてやったと思ってるんだ。例の、野良猫女のことだよ。」
「野良猫って……、ああ、イスカか。」
「あの命令違反の常習者が、最近は、やけに大人しくなったらしいじゃないか。ウェーリ先生は、一体何をしたのかな?」
ミテルは、カップを吹いて冷ましながら、ニヤニヤとしている。
ウェーリは、動じる風もなく、皿の上の焼いたキノコを突いている。
「へー。あの子が、勇者としてまともに働く気になったのか。意外だねぇ。」
「なんだよ。話してみてくれって頼みを引き受けておいて、どうしてるのか興味ないのか。」
「僕が教えたのは、読書の愉しみだけさ。資料室には、暇さえあれば入り浸ってるみたいでねぇ。
その点に関しては弟子みたいなものだけど、資料室以外じゃ、僕の顔を見てもろくに挨拶さえしやしないよ。」
「ふーん、読書ねえ……。
真面目に回収者の務めも果たすようになったし、むやみに他の隊員に噛みつくことも無くなった。ウェーリの仕込みのおかげだってんなら、何をしたのか聞いてみたかったんだけどな。」
「ほんとに、隠してるわけじゃない。それに、僕が説教したって、素直に聞くような性格には、思えなかったけどな……。」
「だろぉ…? 訓練でしごかれても、講義でさんざか詰められても、お前らなんかにぜってぇ負けねぇ! とにかく言うこと聞いてたまるかぁってツラで睨み返してたからなぁ。」
ミテルは、コーヒーを少し口にする。
まだ熱かったのか、それともイスカの暴れたときの様子が頭に浮かんだのか、顔をしかめている。
勇者の体は、少しくらいの熱で火傷したりしない。
それでも、ミテルは猫舌なのだった。
「何にせよ、任務を順調に回せるようになったのなら、部隊長殿としては大変ありがたいことなんじゃないか? 感謝してもらっても、いいんだよ。」
ウェーリも、スープの入ったカップを、目の前に乾杯よろしく掲げてみせる。
だが、ミテルの表情は、すっきりとはならない。
「まあ、な。ただ、最初に期待されたほどには、どうも器が育っていないんだよなあ……」
「回収者の先輩方は、どう言ってるんだ?」
「それがなぁ、器の大きさの気配はあるんだが、魂憶を収めていくと、思ったより入らないという感じらしい。形に癖でもあるのか、相性でもあるのか……。もっとも、同期に比べれば、まずまず悪くない容量らしいがな。」
「専門職が分からないんじゃ、僕にできることはあまり無いだろうね。それとなく、本人が悩んでるかどうかくらいは探ってみるよ……」
ウェーリは、やや冷めかけたスープを飲み干しながら、本を眺めるイスカの後姿を思い浮かべていた。