ログ016 勇者昇格
程なくして、イスカが一人で責任者に呼び出されたとき。
そこではまだ、自分の特別性を信じていた。
いや、その時にはもう、縋っていただけかもしれない。
選別課程から卒業し、一足先に勇者に任命されることが、告げられた。
集団の中の孤独という息苦しさから脱出できるということだけでも、救いと感じられた。
「回収者」の意味はよく分かっていなかったが、強大な力を持った勇者である先輩方が、大勢集まっていて、自分を歓迎して、可愛がってくれた。
久しぶりに、勇者となれたことを、素直に喜べる時間が、そこにはあった。
再び躓いたのは、何時だったか。
誰との組み合わせだったかは覚えていないが、いずれにしろ、初心者同士の任務の時だ。
前衛の二人と三人一組で、訓練を兼ねた近場の哨戒を行っていた。
何かあればすぐに応援を呼べる距離。
もし事故があっても、イスカさえ戻れば問題は無い。
前衛の者達には、勇者としての死と蘇生を繰り返し体験することも、訓練の一部だった。
前衛の二人は、二十歳を超えているような立派な男達だったが、その立ち回りはお粗末なものだった。
魔物ですらない、野の獣相手に、延々と時間を掛けていた。
「お手伝いしますよ。」
イスカは、精霊術を行使して、足止めや牽制を行った。
授業では落第でも、好きなようにやらせてもらえれば、それなりの効果を発揮できるのだ。
おかげで、そこからの駆除は順調だった。
二人は、戸惑いの表情を浮かべていたが、一応の感謝を述べていたように思う。
おそらく、失敗したのはその後だと思うが、ひょっとしたら、似たような失敗をそれまでにも何度も重ねていたかもしれない。
「魔物じゃないから、魔素は摂れませんね。」
勇者は、魔物が死んだ際に放出される魔素を取り込んで強くなる。
世間話のつもりで投げ掛けた話題は、その場では地雷の一つだった。
イスカには言っていなかったが、二人は、未熟さのゆえに魔物と戦うことを禁じられていた。
基礎の剣技さえ熟練度が不足しているのに強化を進めても、魂憶が膨らんで運用しにくくなるだけだからだ。
そして、回収者以外の勇者がどのように訓練を進めているか、イスカは興味を持っていなかった。
また、勇者の手引きでは、回収者は、戦闘に一切関与しないことになっている。
戦闘に関与すれば、消耗するだけでなく、敵の憎悪を集めることになり、離脱後も追われる可能性が高まる。
戦闘時以外も、回収者は必要最低限しか会話をしないことになっている。
周囲に敵が潜んで様子を伺っている場合、その存在を知られることになる。
一見すれば、回収者は小さく弱い。
捕らえやすい者から狙うのは、捕食者にとって合理的な判断だ。
二人の男のうち、一人はやや感情的な部分があった。もう一人は、理屈っぽい性質だった。
その場の二人が、それぞれに、イスカに反感を露わにした。
「俺達は、まだ魔物と戦うなと言われている。弱いからな。」
「お前、回収者の基礎さえ守る気がないのか? 俺達の命綱だってこと、分かっているのか?」
イスカは、勇者となってからも、一人の時間に、修練に打ち込んでいた。
一人でも戦えるように。
一人前に扱われるために。
だが、求められたのは、「そういうこと」ではなかった。
勇者の暮らす駐屯地の中で、同じ回収者仲間でさえ距離を取られるようになって、何か月かが過ぎていた。
自暴自棄になりつつあったイスカの状況に、転機が訪れる。
声を掛けてきたのは、初級の勇者達に精霊術を教えている、ウェーリという男だった。