ログ014 錬金術
イスカは、イオの腕を掴んでずんずんと歩いていく。
「どうして、イスカ様は、僕にこんなにも関わろうとするんですか?」
「……イオ。君は、お師さまのような薬術師になりたいと言ったな。」
「はい。いつか立派な薬術師になって、そしたら、お師さまの名誉も、取り戻すのです。……そのために、今は、我慢しなくちゃならなくて、カミノさんも、ああ言ってくれてます。」
「その物語は、違うんだ。」
イスカは、独り言のように、低い声でつぶやく。
「間違いじゃない。どんな物語も、間違いなんてことはない。でも、お師さまの名誉のためにイオが自分を犠牲にするなんて、それは今のイオが抱くべき物語じゃ、ないんだ。」
「でも、お師さまが、お師さまが……。」
イスカは、歩みを遅め、立ち止まる。
振り返り、今度はイオの両の腕を掴む。
「今の君には、何の力もない。力も無い者が、なぜ何かを手に入れられると思う。」
「……それじゃ、イスカ様は、僕に一体どうしろというのですか。この、何の力も無い僕に。」
「毛皮は、獣にしか通じない。他の人間から、自分の身を護れるようになれ。そうでなければ、何かを手に入れても、奪われるだけだ。」
イオは、腕を掴まれたまま、胸を張ってイスカのことを睨み返す。
イスカが圧を高めても、その目も口元も、揺るがない。
(いい目つきが、できるじゃないか。)
イスカが、ニヤリと笑う。
「まあ、そう拗ねるな。イオには、精霊術を教える。そうすれば、荒野で生き抜く力になる。」
「精霊術、ですか……?」
イオは、意外そうな顔を隠さなかった。
薬術師の弟子をしていたイオは、精霊術の手ほどきを受けていない。
王国に住む者で精霊術の素質があれば、王国によって勇者や術師の候補として徴集される。
イオは幼かったのではっきりとは覚えていないが、役人のような大人たちに、何かの魔道具で試されたことがある。
候補とされなかったのだから、魔力の器が小さいか、精霊と相性が悪いか、何しろ素質が無いと判定されたはずだった。
「僕は魔力も少ないでしょうし、精霊の扱いも全然知らないのですが……。」
「王国で使っているような精霊術を真似ても、うまくいかないだろうな。
でも、君には薬術の素養がある。精霊術と薬術を組み合わせた、今は失われてしまった術があるんだ。」
「精霊術と薬術を……?」
「そう。精霊の力と物質に宿る力とを組み合わせて、新たな力を生み出す。それが、錬金術と呼ばれていた術だ。」
「れんきん、じゅつ……。イスカ様は、錬金術の、使い手なのですか。」
「いや。私には使えない。」
「何か特別な力が、必要なのですか? そして、それが僕にはあるということでしょうか。」
「どうなんだろうな。」
「えっ。」
「私が知っているのは、勇者の術が生み出されて間もない頃の話だ。
その頃の勇者は、生身に魔素の身体を組み合わせて戦っていた。生身を癒したり強化するための薬術と、魔素で作られた四肢を操るための精霊術は、今みたいには分離されていなかった。」
「それじゃあ……。」
「君と私とで、かつて存在したその術を、蘇らせるのさ。」
「待ってください。そもそも、僕には、精霊術は扱えませんよ。」
「そこは、私が教える。」
「でも、僕には精霊術の素質が、無いんじゃないですか?」
「フフフ。私には、王国とは違うやり方の精霊術がある。王国の術のように、綺麗に整理されたものじゃあないが、新しい術を生み出そうという試みには、むしろ向いているはずだ。」
「……イスカ様は、ただの勇者では、ないということでしょうか……。」
「私か? 私は、落ちこぼれの精霊術師だった。」
「……分かりませんが、分からないということが分かりました。
それで、僕の問いには答えてもらえないのですか?」
「うん?」
「イスカ様は、どうして、僕にこんなにも関わろうとするんですか。」
「私は、沢山の物語を集めてきた。お気に入りの物語も、いくつもある。
だが、それらはすべて、過去の出来事で、過去の人間達が伝えてきたものだ。
私は、新しい未知の物語を、手に入れたいんだ。誰もまだ知らない、物語を。」
イスカは、掴んでいた腕を放す。
もう一歩イオに近づきながら、その両手を持ち上げて、イオの頬を包み込むようにする。
「そして、君をその主人公にすることに、決めたのさ。
イオ、私と一緒に冒険をしろ。私に、新たな物語をもたらしてみせろ。」
「その見返りは。」
イオの声には、強さと、靭かさが、こもっていた。
「戦えるように、鍛えてやる。強くなって、その力で、自分の好きなことをやればいい。」
「いいでしょう。この小さな体に何ができるか、その目で見届けてください。」
イスカは、頷くと、再び振り返って歩き始めた。
イオも、その脇に並んで歩き出す。
もう、腕を引かれてはいなかった。




