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ログ013 契約

勇者は、生身を失った存在。

本人の治癒力や免疫力を高めることによって傷や病を癒す薬術は、魔素で出来ている勇者の身体には効果が無い。

それゆえ、薬術師と勇者の縁は薄い。


むしろ、薬術では魔物との闘いの傷に間に合わぬとして生み出されたのが勇者の術だとすれば、元来、仲良くなる道理も無かった。


にしても。

イオのことを、自分の側(うち)の人間であるとぬけぬけと言ってのけるカミノという女が、イスカの感情を強く刺激したのは確かだった。


イスカは、カミノとの話を打ち切るように、イオに声を掛ける。


「イオ。素材を買い取ってもらうのではなかったか。」


イスカとカミノの間の緊迫した空気に止まっていたイオの手が、再び動き始める。

布袋の中から今日の収穫を順に取り出し、空いている台の上に載せていく。


「あ、はい。カミノさん、ナルキサ草の他には、ヒマネ茸やコクチ苔も採集できました。」


嬉しそうにイオは素材の名を挙げてみせる。

イスカはカミノに厳しい目線を送ったまま、カミノは目を伏せたようにして素材を吟味している。


「相変わらず、イオの採集はとても丁寧ね。みんな、いい状態よ。でも、コクチ苔は、この辺りじゃ見なくなっていたわねぇ。ちょっと遠くまで行ったのかしら。」


「はい。久しぶりに雨が続いたので……」


「言いつけを破って、また峠の向こうまで足を延ばしたというわけね。」


「あう……。」


「それでもって、こちらの方にご迷惑をおかけしたと。」


「あううぅ。」


「でも、ナルキサの株は、確かに役に立つわね。ありがとう。」


眉が垂れ下がっていたイオの表情が、ぱぁっと晴れていく。


「これだけあれば、銀貨五枚くらいには、なりますか?」


イスカは、無言のまま、片眉をピクリと動かす。

この都市では、そこそこの店なら軽食でも銀貨一枚はする。

今日の二人の昼食に、イスカは銀貨十二枚を払っていた。


「そうねぇ。いつも頑張ってくれているから、おまけして、銀貨五枚かなぁ……。」


「やったぁ、これで、しばらくは過ごせますね。」


(命がけで採取した素材が、その値段か。やはり、イオはこの女から引き離さねば。)


「イオ、待て。この素材は、探索者ギルドに持っていこう。」


「え? 僕は、探索者ギルドでは、買い取ってもらえませんよ?」


「探索者の登録をするのだ。費用は、私が出す。」


「え? え? イスカ様にそんなお金を出してもらうわけには。」


「恵んでやるとは言っていない。そのうち稼ぎから返してもらうさ。」


「……でも、僕一人じゃ、探索者の依頼なんて、受けられませんよ。それに……」


「この子は、うちと契約を結んでいるの。あまり勝手なことを言ってもらっては、困りますね。」


「契約、だと?」


「そうよ。探索者じゃないのだから、普通は素人の素材の買取など誰も相手にしないもの。イオの場合、採集してくる素材がよい品質を保っているから、私が個人的に信用して、契約を結んでいるの。」


「探索者になってはいけないという内容も含むのか。」


「そんなことは書いていないけれど、私が欲しい素材をイオにお願いしているのだから、イオは私の依頼をこなしているということ。それを勝手に他所に持っていかれては、ねぇ。」


「……単価は低くとも、買い取ってもらえるだけ有難いと思えという話か。」


「イスカ様! やめてください……。」


イオが慌てた様子で、イスカの腕をつかんでいる。

カミノは、笑顔を浮かべている。


「そうね、探索者ギルドが買い取る相場よりは、ずいぶん低い値段だというのはそのとおりよ。でも、それには訳があるもの。ねぇ?」


「は、はい。」


「イオ、どういうことだ。」


「カミノさんには、依頼を受けるのと同時に、近くで採れる素材の時期や場所、この土地の薬術師に必要な知識を少しずつですが教えてもらっているのです。僕には、薬術書を買ったり講義を受けるようなお金が、ありませんから……。」


「……この子が、どれほど苦しい暮らしをしているか、お前も知っているだろうに。」


「そうは言っても、渋熊の毛皮を使いながら街中で暮らすことなんてできないわよ。私は平気だけれど。

それに、本当に困った時には、いろいろと支援をしてるんだから。ねぇ、イオ。」


「はい。何日も食べられなかった時には、カミノさんに食べ物を分けてもらったりしています。」


「君は……、そんな奴隷のような暮らしに、本当に納得しているのか!?」


イスカは激発してイオに詰め寄った。

カミノは、腕を組んで勝ち誇ったように語る。


「人聞きの悪いことを言わないでほしいわね。

それに、イオにはまだ話したことがなかったけれど、下積みを重ねて一人前になったら、助手として採用することも考えているの。だから、今はイオの訓練期間でもあるし、助手として本当に役に立つかどうかを見せてもらう期間でもある。

つらい思いをしているかもしれないけれど、イオ、あなたは、ちゃんと自分の力で薬術師になりたいのでしょう?」


「……! もういい! イオ、おいで。君は、私と組んで探索者になるんだ。こんな奴のところにいちゃ、いけないんだ!!」


え、ええ……。

とまどうイオの腕を掴むと、イスカは強引に引っ張って外に出る。


「イオ! きちんと話をして、戻ってくるのよ!」


店の中からはカミノの声が聞こえていたが、イスカはそのままずんずんと街を抜けて歩いていくのだった。




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