表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

ログ001 イスカ

細かな雨が曇り空から絶え間なく降り注ぐ、荒れ野の只中。

岩がちな丘は薄い草地におおわれ、ひび割れのような大小の渓谷が延々と続く。


風化が進み、崩落の痕もあらわな石灰質の白い岩肌。

その狭間の一つに、少女が身を潜めていた。


名は、イスカという。


暗灰色のマントにくるまり、フードも目深まぶかに、雨を避けて座り込んでいる。

岩を背に、身じろぎもしない。


生乾きの泥が跡を残したままの頬、湿気で張り付いた前髪。

前屈かがみに背を丸め、町の裏路地の浮浪者のような姿勢。


遠目には、生気も無くひざを抱えているかに見える。

だが、注意深く観察すれば、その瞳は静かな興奮に満たされている。


手にしているのは、小さな紙の本。

じっと目を落とし、読みふけっている。

イスカは、読書家だった。


細く白い指が、新たな頁をめくる。

その時、岩場の裂け目の底で、同じパーティーの、最後の勇者が息絶えた。


イスカの胸の奥に、いつもの感触が伝わってくる。

細い花火が燃え尽きるように、何かがパチパチと最後に弾けて、それから「つながり」が煙のように拡散して消えていく。


「あ、死んだ。」


呟きながらも、その目線は紙の上から動かなかった。

表情にも、変わりはない。


段落を読み終えてから、ようやく顔を上げる。

軽く目を閉じ、ふう、と息を吐く。


満ち足りたような、しかし多少の未練があるような表情を現わしている。

あたかも、勇者の死よりも、物語の続きの方が、気になるかのように。


イスカは、薄く延ばした白金のしおりを丁寧にはさむ。

植物の紋様が、透かし彫りとなっている。


本は、雨煙の中でも濡れていない。

水弾きの術を施した魔道具は珍しいものではないが、娯楽の読み物に施す例は稀であろう。


肩掛けの布の袋に本を収める。

座ったままマントを揺らして溜まった水を払い落とすと、ゆっくりと立ち上がる。

フードをつまんで持ち上げると、遠くを見やった。


耳の下程であっさりと切り揃えた銀の髪。

黒い瞳は、光の射した時だけ緑を浮かべる。

小柄な体躯は平坦で、まだ育ち切らぬ十代の半ばか。


少し尖った唇はやや横を向き、にらむような三白眼の目付き。

事情を知らぬ井戸端の女どもであれば、せめてもう少し愛嬌あいきょうでもあればと評するかもしれない。


高台にある岩場からは、遠くまで見通せる。

日はかげり、雲は厚く、細かな雨やもやが眼下の風景をにじませている。


胸に手を当てて、裂け目の方角を一瞥いちべつする。

旅の仲間は、イスカを残して全滅した。

勇者達の記憶を、魂の器の中に確認する。


(こいつら、相変わらず弱い。)


イスカの脳裏に、あざけりにも近い感情が浮かぶ。

が、それと組んでいる自分がどれほど上等なのか。

ほの暗い感情が、フワフワと宙をただよったあとに、今度は自身に向けて降ってくる。


(帰るか。)


首を振って、きびすを返す。

残った水滴が、マントのひだに小さな流れを作って落ちた。


歩みは数歩のうちに走狗ほどの速さになり、さらに滑るようにもろい断崖を迷いなく踏み分けていった。






続きが気になる方、ブクマ、評価などをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ