1話:買わせない屋とは??
「募金もあるぞと言っただろう」
野村主任は太い眉をひそめて言った。
太い眉をひそめると、柴犬みたいになるけれど、もちろん口にはしない。
いま僕は怒られている。
もう少しで、うまく初仕事を終えられるところだったのに。
入社して半年。ずっと野村主任にくっついていた。それからやっと解放されて、一人で仕事を任せてもらえるようになったのに。
「でも募金は何かを買ったわけじゃないから……」
「お金を使わせたらダメなんだよ」
そう言って、野村主任は長いため息をつく。口臭の問題があるから、僕は二歩さがる。
おかしな話だ。
僕は買わせない屋に勤めている。
文字どおり、人にものを買わせないようにするのだ。
もちろんやみくもにするわけじゃない。ちゃんと依頼主がいて、それ相応のお金をいただいて、指定された人物がお金を使わないように妨害する。
人はとにかくお金を使う。いらないものを何度も買う。
だから、買わせない屋が存在する。
「恩田くんも村上みたいにはなりたくないだろう」
小さなオフィスに野村主任のいやらしい笑い声が響く。
僕は先輩の村上さんのことを思った。
村上さんは業績が悪かったために、とんでもない依頼の担当にされてしまった。
それは自給自足をしている人間がものを買わないよう、一年間妨害しつづけるというもの。
なんでも、疑り深い依頼主が
「あいつは本当に自給自足しているのか」と思いはじめたのがきっかけの依頼らしい。
だから、村上さんはいま新潟県の山奥に住む老人を尾行している。
あと四ヶ月も残っている。
結局、村上さんも山奥なので、自給自足をせざるを得ないらしい。
それだけは絶対にイヤだ。
そこへ電話が鳴る。野村主任が受話器を取る。
しばらくしたのち、野村主任は不適な笑みを浮かべて、僕に言った。
「恩田くん、依頼だ」