Ⅶ
シダーナは、熱心に神官としての勉強に取り組んだ。事物には小名という呼ばれ方と正名という呼ばれ方があり、今までに自然と身に着けていたユーテル、メナギ、ミカタガツジといった固有名詞は小名であることを知った。人々は皆、他の職業の島人と会話をするためにあらゆる事物の小名を知る必要があるが、それとは別に、自分の仕事に関係する事物をより細かく分類する正名を知らなければならなかった。正名はフュマヌおよびその37の子供らが神に伺った、その物の真の名であり、せめて自分の生活の糧に関わる正名くらいは覚えなければ、世界への冒瀆であった。
神官が覚えるべき正名は、森の木々、動物類、草本類、土、虫類、家名、季節、儀礼など多岐にわたった。また、小神には人々がエイペスへ寄せる畏敬とはまた別のベクトルの信念体系が形成されているので、神官は日常それらに祈るわけではないが、その正名と歴史、民間の祈禱法くらいは知っていなければ人々の心をまとめていけなかった。それとは別に、現存する家系及び諸々の事情で絶えてしまった家系に属する人名やその名の神話との関係、相互の人間関係の経緯などを逐一覚え込む必要があった。14歳のシダーナが、まずはと諸々の家の発祥と最近7世代の人間関係の暗誦に苦しむ折、ガ・アニ・マーレイシュのもとへガ・バルサ・ワデュルガとその娘が結婚の相談に訪れた。遠からぬ家縁のはずのガ・ミダー・テオレールという若者が熱心に求婚しているらしかったが、マーレイシュはバルサの家系の娘が23世代前にミダーの家の若者と心中しているという事実を苦も無く頭から引っ張り出し、23というのは不吉な数だから考え直した方が良いと薦めるのを見て、シダーナはこの丸暗記の意義と感動を知った。
一を聞いて十を知る、というほど飲み込みが良かったわけではないが、シダーナは1人で取り組む仕事が好きなのと、古い紙片や書物特有の匂いに魅かれるので、マーレイシュが特に取り図らわずとも自然と勉学に充てる時間は増えた。15の夏の中頃に神官の仕事に関する正名と家系における主要な人物をあらかた覚えたシダーナは、さらに海の魚に関する正名や天候の変化のパターン、夜の天幕に開けられるあの針穴の光の配置や食器類、楽器類、服類、装身具類の成立経緯や生産過程、儀礼過程などありとあらゆる知識を熱心に取り込んだ。しかもシダーナはそれを、楽しいからするのではなく、あたかも神官の長男であることに生じる義務であるように振る舞い、弟もまた、徐々にこの、何も悪いことをしていないはずなのに常に世間に言い訳しているような男のことを軽蔑し、遠ざけるようになっていった。
16の長い夏が終わる頃、シダーナは家系や森の物の名はおろか、島のおよそ目につく物に関する知識は覚え尽くし、神話のあらゆるシーンを諳んじて見せられるようになっていた。並々ならぬ努力に駆り立てられたこの若者は、この頃、瞬きをする回数より紙を繰る回数の方が多かったという伝説まであるほどで、それでもなお貪欲に知識を求めていた。そんな絶好のタイミングで、「大陸」からクルス教宣教師の一団がやってきた。