Ⅳ
シダーナの母、ミ・アニ・ドーラはシダーナが2歳の時、その弟を出産する際に命を失った。弟は一命をとりとめ、エイペスらはドーラの男性形ドュレイをその赤子に名付ける旨を命じた。シダーナが母の不在の理由をきちんと理解するのには、父が口を閉ざしていたこともあり、弟の出生後さらに8年の歳月を必要とした。
昔から神官の妻は短命が多かった。入聖の資格を持たず森に棲むことの宿命的な帰結だと言う老人もおり、他方嫁入り前の暮らしと森での暮らしの違いに身体が弱るのだろう、という実際的な見解も見られた。ヒディア島にはいくつかの家系があり、どの家系も比較的強い結びつきを持つ家系を3、4持っていた。結婚の際には、神官に限らず、その3、4の家系のうち、最も時間的に近い嫁、つまり結婚しようとしている若者の母を出した家系以外の家系の女性と結婚することになっていた。あまりかけ離れた家の娘を望まない限り、若者の結婚意志は尊重されるものだったが、どうしても収まりの付かない時は、やはり神官がエイペスに伺いを立て、当事者たちを納得させることになった。
シダーナの代では、アニの家系と親しいムヤイ(比較的遠洋へ向かう漁師の家の1つ)の家系に、リースナーヤという娘がいた。元は神話の中の王ファーリスの1人娘で、1000人の踊り子を擁する大宮殿の中でも随一の美しさと踊りの技能を持っていたと伝わる少女の名だが、ムヤイ家ではしばしば用いられる名であるため、ガ・アニ・マーレイシュの父などは、幼い頃干してあった魚に悪戯して怒られた肝っ玉母ちゃんのイメージを持っていた。ただ、シダーナの代のミ・ムヤイ・リースナーヤは、伝説通りというほどでもないが、ふと名の起源を思い起こしてしまうような美しさを持っていた。肌はクウィラの実を思わせる、薄めの艶やかな茶色で、手足はよくよく手入れされた若いヒディア陽木のようにすらりと伸びていた。黒曜石を削り入れたような深い色の瞳、小ぶりの鼻や口は、ころころと表情を変えてもなお一定の気品を彼女にまとわせていた。嫁入り前の少女なので髪は短く首の半ばあたりで無造作に切られていたが、それはなんら魅力を損なわせなかった。シダーナが彼女を初めて見たのは12の頃だった。恋の気持ちなど目覚めるべくもない年頃だったが、一目見て、きっと彼女を妻とする男は幸せな生涯を送るだろうと確信した。そうした後に、彼女の家系は4代前に神官へ嫁入りしたきりであることを知り、胸を高鳴らせたのだった。