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ⅩⅦ

 新しき神官は、初めて使節館を訪れた時と同じ服装で、ディアーノを訪問した。部屋に入ってきたシダーナに後光がさしているような錯覚を一瞬覚え、たかが追い詰められた野蛮人1人にそんな妄想を抱く自分にディアーノは驚いた。シダーナは、ディアーノが口を開くより早く、子供のように、

「外へ出ましょう」

「何故だ」

「なにしろ、あなたはヒディア島に来たのに、ここのことをまだ何もわかっていない。交渉以前の問題です。これは私も不注意でした」大男を部屋の外へ手招いた。

「ま、待て」

「大丈夫です。たとえあなたを傷つけようとする者がいれば、私が守ります」

「何故……」有無を言わさぬ迫力を感じて、大男は部屋の外へ出た。そうして、使節館の柵の外へ。

「ここの岩場は、王パパルーナが草地から変えたものなんです。パパルーナと言うと、ちょうどファーリスの3代前ですね。1000人の踊り子を擁する大宮殿は、パパルーナの夢でしたが、ファーリスの代まで完成しませんでした」シダーナは、島を南に下って、浜辺に向かった。

小名(キンデル)をメナギ、正名(マテュエル)をファーファ―ティという青魚は、身体の大きさに対して胃袋が異常に大きいんです。結構な数獲れるんですが、アシが早いので、あまり有難がられません。子どもは、こう、腹を割いて、胃袋の中身を啜るのが好きですね」ディアーノは、シダーナの話から、何らかの作為、誘導、脅迫を読み取ろうとしたが、失敗した。シダーナは、本当にとりとめのない話をしているだけだった。

「この切り株。不思議と大嵐が来ても、幾度雨が降っても、腐らないんですよね。この木、太古の昔は針穴に枝が刺さるくらい高くまで伸びていたんですけど、タリメ王は、必ずこの木から作った矢しか射ない。シダーナのような家臣は実は稀で、タリメは非常に勇猛果敢なので、ありとあらゆる敵を、自分でやっつけてしまう。それで、徐々に木から枝がなくなっていき、幹まで擦り下ろしたけど足りなくなって、最後にこの大きな切り株だけ残った、というわけです」シダーナ自身、何故こうした行為がジュレル・ラ・エイペスを守ることに繋がるのかよくわかっていなかった。ただ、エイペスの骸に向かい、昼も夜もなく果てしなく悔いた時、「声」が確かに聞こえたのだった。

 2人は森に入っていった。

「ヒディア陽木というのは、元々ヒディア陰木と対になった木だったんです。ちょうどこう、茸みたいに陽木の幹の付け根にくっつくように陰木があって、風で揺れて少しずつ注がれる日光と、陽木からお情けで貰える栄養分で、なんとか生きていた。陽木は森にいるだけで、人生を謳歌できるけど、陰木は楽しくない。もっと日光の当たるところに住みたい。そうして悶々としていた折、フュマヌという存在が、森を抜けて、日光さんさんの浜へ出て行くというではありませんか。陰木はそれにしがみつきました。でも、元々が小さい木なので、足の付け根にくっつくことになりました。フュマヌが子供を作る際、17人の子供に、陰木は自分の子供をくっつけることが出来ましたが、残り20人の子供にはくっつけられませんでした」シダーナは、自分の股間を指さし、歯を見せて笑った。

「これが、ヒディア陰木なんです。……なーんで、この世をお造りになった神は、自分を似せて作った人間が、こんなわけのわからないお話を信じるよう仕向けたんでしょうね」ディアーノは、思わず釣られて笑ってしまった。そうして、慌てて表情を繕ったが、周囲に仮面をつける必要のある存在などいないのだった。

「これが、その、ジュレル・ラ・エイペスです」聖地まで難なくたどり着いたシダーナは、そのすべてを、隠すことなくディアーノに晒し、諸々の神話をした後で、碑に導いた。

「見知らぬ土地の、こんな奥深くまで、私1人を信じてついてきてくれたことへの感謝の気持ちとして、これ、差し上げます」ディアーノは、恐る恐る、赤黒い球体に手を近づけた。何らかの罰が生じるのではないかという凄まじい畏怖を抱き、荒い息を吐き、やっとの思いでそれに触れることに成功したが、球は別に痛みをもたらすでもなく、逆に嬉しそうに光を増した。

「どちらでもいいんです。ジュレル・ラ・エイペスがここに置いてあることは、正しいことでしょう。しかしそれは、あなたが、これを「大陸」に持って帰って、美術館なり博物館なりに展示し、大勢の人に見てもらうことが正しいことだと思っているのと、全く同じ程度に、正しいことに過ぎないのです。どちらでもいいんです」ディアーノは、かつて訪れた島の、価値のない野蛮人たちが崇めたてる価値のない物を、眼前で破壊し、また奪い去った時のことを考えていた。神に誓って、あれは自分の残酷な衝動の故ではなく、神の御心に従って、あるべきものをあるべき場所、あるべき在り方へ帰そうとしただけだったと言える。そうして、同じ神に、この至宝の処遇を尋ねると、確かに、戸惑いの気持ちが浮かんでくるのがわかった。

 ディアーノは、そっとジュレル・ラ・エイペスを碑から外した。困惑して、シダーナを見ると、

「ああ、入れ物がないですか。ポケットに突っ込んで構いませんよ」と言う。

「お前は、…………こうして、これが奪い去られて、本当に良いんだな?」大男から、敬語が失われた。

「はい」

「お前は私を不可思議な方法で攪乱した。だが結局、私がお前たちの宝を持っていくという事実には変わりない」

「そうですねぇ」

「それで、良いのか?」

「ええ。エイペスらと相談したことですから。そうして、あなたがその事実を私に繰り返し説いているのは、あなたの信仰心が揺らいでいるからでしょう?」

「その、……「大陸」へ帰る途中、我らの船が難破して、これが海底に沈むことになるのかもしれないんだぞ!?」大男は自分が追い詰められているのを感じた。

「ま、そうなったらそうなったじゃないですか」大男は絶句した。

「他に、大事なものを隠しているのか?」

「いえ別に。まあ、大事なものというか、さすがにエイペスを皆殺しにされたら困ると思いますけど。あなたの神がその犠牲を欲しているなら仕方ない」大男はもう言い返さなかった。その言葉が強がりやはったりでないことは明々白々であった。

「お前、エイペスを殺したのか?」と尋ねると、しばしその男は沈黙した後、

「ええ。1人だけ。申し訳ないことをしました」シダーナは大男の目を真っすぐ見て答えた。

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