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正義の側(1/1)

「やはり銃がいいな。殺した実感がさほど無い」


 とはいえ――と赤毛の青年は続ける。


「略奪を働くこんな悪党どもなら、どういう方法で殺したって罪悪感は微塵も覚えんだろうが。そんなヤツがいるとしたら、きっと似たような負い目がある同類に違いないさ」


 蹴飛ばされた野盗の死体は崖を転げ落ちていった。

 拳銃を懐に戻す。


「助かったよ旅人さん。優男と女の子だと侮ってたが、まさに剣の達人じゃないか。俺一人だったら生き延びれたかもきわどいところだった」

「わたしたち竜狩りだからな」

「道理で強いわけだ。どこの会社の竜狩りなんだい?」

「個人事業です。ですよね、師匠」

「難しいのはよくわからん。まあ、ゼンがそう言うならそうなんだろうな」


 ゼンとディアの背後に横たわる三人の野盗たち。

 二人はすでにゼンの太刀の餌食となって絶命している。


「た、助けてくれ」


 ディアの拳で気絶していた最後の一人がふらつきながら目を覚ましたところを、赤毛の青年はナイフで心臓をひと突き。トドメをさしたのを確かめてから死体を物色し、持っていた銃と刃物、そしていくらかの小銭を自らの懐に入れた。


「つまりはお互いワケありの人間ってワケか。とにかく、長話は俺の家でしよう。あまり長居してると血のにおいを嗅ぎつけた黒狼(こくろう)の群れが集まってくる」


 馬にまたがった赤毛の青年はゼンとディアを安全な場所まで先導した。

 その途中、青年は何かに気づいて馬を木に留める。そして二人を連れて坂を下り、草むらに忍んだ。

 ひとけのない道を農夫が歩いている。先ほど出くわした野盗とは異なり、武器を持っていない善良な人間であるのはその風貌で明らかであった。


「お前たちは男の気を引け。その隙に俺が後ろからやる」


 赤毛の青年が指図する。

 草むらから出るゼン。

 農夫に近づいたゼンは「この先は野盗が出るから、郊外に出るならもっと整備された道を馬車で行くべきだ」と教える。娘の薬代しかないので馬車に乗れないと農夫が顔を曇らせると、ゼンは馬車賃を彼に握らせて町の方へ帰した。

 農夫はお礼にガムを一枚くれた。



 赤毛の青年の隠れ家は林の奥にあった。

 木の板をはめてかろうじて家の形を保っているボロ小屋は、中に足を踏み入れてもその印象は覆らなかった。散らかっていて、湿っていてカビ臭い、そこにいるだけで陰鬱になってくるような部屋であった。

 赤毛の青年はテーブルに戦利品を並べる。


「このナイフは町で売れば金になるな。弾薬はそのままもらって、ピストルはバラして予備の部品にすればいいか」

「これって結婚指輪じゃないか?」


 ディアが血糊がついた指輪を手に取る。

 環の内側に持ち主の名前と婚姻の日付が刻印されている。

 赤毛の青年は痛ましげに顔をしかめる。


「この前、野盗たちから手に入れたんだ。おおかた、ふもとの村人や通行人から略奪したモンだろう。ひどい連中だ。あいつら、そういうことを平然と行いやがる」

「お前も似たようなもんだろ」


 ディアのその一言で赤毛の青年は激昂し、テーブルを力任せに叩く。衝撃で跳ね上がった硬貨や弾薬が地面にバラバラと落ちた。


「俺はそういう悪党を退治してるんだ。どこが似てるっていうんだ。むしろ正反対だろう? おい、ポニーテールの兄ちゃん。アンタこの小娘にどんな教育してるんだ。トカゲの血が半分混ざってるからバカなのか」


 ゼンは背中に隠れるディアをちらりと見やる。


「師匠は僕のパートナーです。上も下もありません」


 大真面目な物言いに青年は白けて拳を下ろした。


「ゼンはわたしの子分だぞ。わたしが上だからな」

「師匠、せっかく僕がその場を収めたのにまぜっかえすのはやめてください」


 壁には猟銃が飾られている。

 木箱には衣服が男物と女物が混じって積まれている。

 木彫りの置物、ガラス細工、兵隊の人形、下巻だけの小説、三年前の旅行雑誌、拳銃、刃物、杖、ひび割れたメガネ、ネックレス、何かの記念メダル、使いかけの口紅、小銭……。赤毛の青年は彼の言う『悪党』からの戦利品で占められていた。


「人知れず野盗をやっつけてるって知ったら、町や村の人たちは俺に感謝するだろうな。軍や警察の力はこんな辺境まで及ばないから、俺みたいな存在がどうしても必要になるんだ。あくまで俺を悪だと断じるなら、それは必要悪ってヤツだな」


 赤毛の青年は冷笑する。


「俺も警察もやってることは同じだ。驕ってるみたいであんまり言いたくないが、俺はどちからかというと正義の側に立ってると思ってる」


 床の小銭を拾ってゼンに握らせる。


「今回の分け前だ。これっぽっちなんて言うなよ? お前はさっきガムをもらったんだからな」


 皮肉をたっぷり込めて悪態をついた青年は、カギのかかった戸棚から取り出した粉末をタバコの代わりにパイプに入れ、火をつけて煙を吸う。ゼンにも勧めてきたがゼンは「結構です」と断った。


「今どき誰だってやってるんだが」


 男は地べたに座って壁にもたれかかり、恍惚とした表情で煙の味を楽しんでいる。気味悪がったディアは、外でつながれている馬と遊びに小屋を出ていった。

 太陽が沈んだのを見計らい、赤毛の青年は戦利品を馬車の荷台に積んだ。


「村の人たちに返しにいくんだな」

「冗談言うなよ。返す相手なんてとっくに殺されたさ」


 夜の闇に紛れてゼンたち三人は荷馬車で最寄の町を訪ねた。

 大通りをあえて避けた荷馬車は路地裏の奥まで行き、地下への階段を下りた先に構えていた怪しげな店に戦利品を卸したのであった。荷馬車は軽くなり、青年はその場でいくらかの現金を受け取った。

 青年は軽い足取りでそのまま酒場へと行ってしまったので、ゼンとディアはその隙に自分たちの用事を果たした。そして予約していたホテルに荷物を預けてから、大通りに面した真っ当なバーで酒と料理を楽しんだ。


「ケチな銀行と違って、軍の依頼だと宿も食事も豪華になるよなっ」

「贔屓してくださるアウグスト大佐には足を向けて寝れませんね」

「よーし、次の竜狩りも気合入れるぞ」

「村長から頼まれた別の依頼もなんとかなりそうですし」

「電報局、こんな夜中に開いてたのか?」

「村からの使いが町に来てました。そうとう本気のようですね」


 チーズを口に運ぶゼン。

 ディアは彼のワイングラスに指をひたしてペロリとなめる。


「行儀よくしてください」


 そう咎めるゼンとは裏腹にバーのマスターは「いやいや結構。行儀やマナーより、仲がよいのが一番ですよ」と好意を示してくれた。ディアは悪びれもせず、むしろ味方を得て調子に乗ってむじゃきに笑っていた。

 ホテルまでの帰路、偶然二人は赤毛の青年に出くわした。酩酊している彼は二人に気づくどころか、まっすぐ歩くのすら無理な有様であった。


「お前は正義感のある男だよ」

「大したヤツだよ」

「勇敢な男だ」

「お前のおかげだな」


 路地裏奥の酒場に似合う風貌の男たちに、口々に誉めそやされていた。青年はだいぶ気持ちよくなっており、仲間たちと大声で歌を歌いだした。



 深夜、ボロ小屋の扉が蹴破られ、大勢の人間が入ってきた。

 泥酔した赤毛の青年は深い眠りの中にあり、ベッドでいびきをかいている。

 侵入者の一人にバケツの水をかけられて飛び起きた。

 水浸しの青年は壁際まで寄り、自分を包囲する者たちを困惑のまま見上げる。

 若い男女や中年……老人までいる……。

 いずれも、ありふれた風貌の村人たち。

 野盗のたぐいではない。

 その証拠に、刃物も銃も持っていない。

 スキやらクワやら金属製の農具を手にしているが。

 彼らは憎悪に満ちた目で彼を見下ろしている。

 この村人たちがなぜ自分の家に押し入ってきたのか、持っている農具でこれから何をするのか――酒で鈍化した思考をめぐらせてどうにか察したらしい青年は、寒さと恐怖に震える声でただ一言、こう言った。


「た、助けてくれ」


 それが袋叩きの合図となった。

 壁際に寄りかかる赤毛の青年を、村人たちは農具の柄で突いた。ひたすら突いた。木靴のかかとでも踏みつけた。悪鬼の形相をしている老人、泣きながら恨み言を吐く女性、怒号で反省を促す男性。赤毛の青年は両腕で頭をかばいながらひたすら「助けてくれ」と弱々しい声で命乞いをしていた。

 棒で散々痛めつけられる。

 かばう腕の隙間から柄の一撃が頭に入り、ついに青年は床に倒れる。何人かは立て続けに蹴ったり踏んだりしていたが、老人が制止した。

 赤毛の青年は滅多打ちにあって失神している。


「これ、さがしてた指輪じゃないか?」


 その光景を後ろで見ていたディアが女性に指輪を渡す。すると女性は目じりに涙を浮かべて「ありがとうございます」とやさしく笑んだ。


「旦那の形見をようやく取り返せました」

「すまん。他の盗品は全部売られちゃったんだ」

「いえ、これだけでもじゅうぶんです」


 老人がディアの手を両手でぐっと包む。


「この卑怯で残忍な赤毛の男は多くのものを我々の村から奪ってきました。殺されて奪われたのはもちろん、こいつにほだされて野盗の仲間に入った者や、薬物中毒に陥って廃人になった者だって少なくありません。これだけでもじゅうぶんでございます。ありがとうございます。竜狩りのお二人」


 赤毛の青年は男たちに両腕と両脚を縄で縛られる。


「これから村に帰ってこの男を処刑します。この男に恨みを持つ者たちで平等に。報復してやったという実感をせめて得ないと皆、やりきれないのです」


 赤毛の青年を捕らえにきた村人たちは口惜しげにうなだれている。


「処刑したあとは木にでも吊るしておけば、他の野盗どもへの見せしめになるでしょう。お見苦しいところを見せてしまいましたが、帝国の力もこの辺境までは及ばぬゆえ、こうでもせねば治安は守れぬのです。帝都がどれだけ文明的になろうが、こんな田舎は弓と槍で戦っていた時代からちっとも進歩していません。正義もへったくれもありません。大陸を旅するお二人ならわかるでしょう?」


 疲れきった声色で老人は同意を求めてくる。

 外へ引きずられていく赤毛の青年にディアはぎょっとする。


「報酬はあなたがたの口座に振り込みました。町に立ち寄ったときにお確かめください。ささやかながらお食事の席をもうけたいのですが、我々の村へは――」

「僕らはホテルに帰ります」

「さようですか」

「せっかくごはんを食べられるのにか?」

「撲殺を見物しながら師匠は食事をしたいので?」

「やっぱ帰ろう」


 外へ出ると、赤毛の青年は麻袋を被せられて荷馬車でぐったりとしていた。


「実を言うと心配していたのでございます。ろくに報酬を用意できなかったので、竜狩りさんたちが野盗に寝返ってしまうのではないかと」

「わたしたちはそんなことしないぞ。なっ、ゼン」

「時と場合によります」


 ゼンはポケットのガムを口に入れた。




〈『正義の側』終わり〉

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