邪竜ロッシュローブ(6/6)
ロッシュローブの死骸は要請に応じた北方基地の帝国軍によって回収された。自らの酸で溶けて崩れて金属のかたまりになってしまった死骸は、もはや美術品としての価値はなくなり、ゼンたちは手放さざるを得なかったのである。
ノーラの骨折が完治する間、ゼンとディアはそのまましばらく雪国で過ごした。雪に閉ざされた小さな町は帝都と比べれば娯楽など皆無に等しかったが、ハロルドと共に住人たちへのシェダル周知活動に奔走していたためあっという間に日にちは過ぎてしまった。
山に竜が住んでいるのを知っている者はそれなりにいた。
その竜が人語を解し、しかも悪い竜のために翼を失ってまで戦いぬいたことには皆、仰天していた。中には疑う者もいたが、ハロルドとディアの真摯な説得に疑念をあらためていった。
ノーラの退院に合わせてゼンたちは帝都行きの列車に乗った。
鹿肉の燻製や魚の干物など、保存に適した食料をハロルドからありったけもらった三人は蒸気機関車に乗って帰路に着いた。ノーラは慎重な足取りでプラットホームを歩いていた。
雪原を二つに裂く線路を機関車は走る。水蒸気の混じった白い排煙が煙突からもくもくと吐かれて長い尾を引き、大気に霧散していく。
「ノーラ一生の不覚でした。この冒険を本にして出版するつもりでしたのに」
ノーラは自棄気味に干し肉をかじった。
「あとはコレに期待するしかありません。ハロルドさん、ちゃんと撮ってくれたでしょうか……」
不安げにカメラのレンズを磨いていた。
長いトンネルを抜けると、さわやかな緑の平原が姿を現した。
なだらかな丘陵。
波打つ濃い海。
遠くには背の高い建物の群生するようすがもやに霞んでいた。
シェダルから受け取っていた前金と正式な報酬、そして邪竜の瞳を競売にかけて得た現金でゼンとディアの帝都での生活はささやかながら精彩を得た。カタリナの勧めで半竜用の背中にスリットの開いた服を仕立ててもらったのだ。
「スカートって落ち着かないぞ」
ラベンダーを連想させる紫のアクセントが映える。
身体の線が活きる薄い布地の衣装。おてんばな性格のせいでなりを潜めていた竜の少女の神秘性や儚げな雰囲気が際立ち、彼女の外見を大人に近づけていた。
そんな服に身を包んだディアは、姿見の前で何度もくるくる回っていた。前髪を留める花柄のピンの凹凸を指の腹で触って遊んでいた。背中の怪物めいた竜翼が本人は気に入らないらしく後ろ手で押さえつけていたが、大して意味はなかった。とにかく落ち着きがなかった。
「これ一着で何か月分の食費になるんだろうな」
「むなしくなるからそういう計算はよしましょう。さあ、それは外行きの服なんですから、汚す前に普段着に替えてください」
「わかった」
首を引っ込めて衣服をまくり上げる。
ゼンは部屋から退散した。
食卓に放置されている新聞を手に取る。
一面に大きな写真が掲載されている。
雪の積もる広場で子供たちの遊び相手になっている片翼の竜。
記事には『大いなる友』と見出しがついている。
――我々は革新の世紀に生きている。この100年の間に奴隷制が廃止され、先住民族が人権を勝ち取り、半竜に対する差別意識も改善されてきた。近頃では女性の参政権も認められるようになった。この大いなる友たちと歩む努力をすること、つまりは滅びゆく竜の救済もまた、因習脱却の一歩となるのは明らかである。
アークトゥルス討伐以降流行している『竜の保護論』に便乗した社説であった。
ロッシュローブの偽りの主張は、本人の思惑とは裏腹に人間たちへと継承されていた。もっとも、かの邪竜は竜狩りによって退治されて巡り巡って彼らの血肉となったため、そんな事実など当然、知る由もない。
〈『邪竜ロッシュローブ』終わり〉




