親切な村人(2/2)
晩餐会を辞退したゼンとディアは、あてがわれた部屋で狸寝入りしていた。
案の定、ドアがノックされる。
ノックを無視していると、ナイフを手にした男が忍び込んできた。
酒に盛った神経毒が効いてきたのだと高を括っているのであろう男は、ベッドで眠るゼンにナイフを突き立てる――その寸前、ゼンはベッドのシーツを思いきり捲り上げた。
頭からシーツを被せられて混乱した男のみぞおちに当て身を加えて気絶させる。
部屋の入り口付近で待っていた他の男たちは、ゼンが突如目を覚ましたのを目にして揃って跳び上がった。
ゼンは藪を這う蛇のような動きで男たちのふところにもぐりこみ、拳、太刀の柄、蹴りを織り交ぜ、拳銃を所持している者から順に戦闘不能に陥れていく。
ふらつく男がやぶれかぶれに至近距離で発砲するも、弾丸はゼンのポニーテールを躍らせる役目しか果たせなかった。余計な真似をしたばかりに、男は二度も殴り飛ばされてしまったのであった。
「一人逃げたぞ!」
クローゼットから姿を現したディアが、折り重なって倒れる男たちの背中を踏みながら部屋を飛び出し、逃げた敵を追いかけていった。
廊下に出ると、右手ではディアが屈強な男たちを相手に縦横無尽の大立ち回りを繰り広げており、左手では騒ぎを聞きつけた連中が物騒な農具やらライフルを手に殺到していた。ゼンの相手はそちらであった。
狙いを定めて構えられるライフル。
ゼンは袖から鎖分銅を放つ。
暗器はライフルに命中し、銃弾の軌道を逸らして天井を撃ち抜かせた。
一拍にして敵に詰め寄り、顎を殴って昏倒させる。
その後ろで鋤を振り上げていた男の軸足を蹴って転ばせる。
屈強な大男が工具のかなづちを振りかざしてくる。ゼンはその攻撃を容易くかわすばかりか、勢いを利用して大男を廊下の端まで背負い投げた。大男は壁に叩きつけられてぐったりと倒れ、飾ってあった壷が巻き添えで木っ端微塵になり、壁に掛けてあった絵画が落下して大男の頭に直撃した。
諦め悪く拳銃の引き金に指を添えていた連中も、目にも止まらぬ動きでたちまち倒されていく。数と飛び道具の優位性を真っ向から否定されて戦意を喪失した他の者たちは、一様に武器を捨てて降伏した。ここまで総崩れにされて、ようやく自分たちが殺意の間合いに踏み入ってしまったのを自覚したらしかった。
「師匠に感謝するんだな。昔の僕なら皆殺しにしていた」
遠くから男たちの悲鳴がする。
後ろを振り返ると、ディアがバネ式大剣『サナトス』をぶん回していた。
風圧で巻き上がった砂埃が廊下を駆け抜ける。
石造りの壁がバターみたいに裂け、石像が斬首刑に処せられる。
竜の翼を宿した少女が巨人の剣で鬼神のごとく猛り狂う。
その有様に皆、恐れおののき震え上がっていた。
竜をも屠る鋼の刃に立ち向かう命知らずなど、当然いるはずなかった。
陽が昇って明るくなってからゼンとディアは村を発った。
太陽に焼かれてひび割れた地面を蹄鉄が叩く。
馬の手綱をにぎながらゼンは干し肉をかじる。
ディアは彼の後ろで水を飲んでいる。
「親切な人たちでしたね」
「鬼かオマエは」
「懲らしめようと提案したのは師匠です」
「まあ、そうなんだが、なんかわたしたちが悪党っぽかったぞ」
村ぐるみの企みを潰したあの後、二度と悪事を働かないと約束させた。
散々暴れたおかげで集会場は壊滅状態に陥っていた。
騒動に気づいて目を覚ました女性や子供たちは、怪我をした夫や父の手当てに大慌て。うめき声を上げながら倒れる男たちの中心で武器を手にたたずむゼンとディアに恐怖し、一定の距離を置いていた。事情を知らない者たちからすれば、異邦の二人こそ夜中に戦慄をもたらす悪鬼に違いなかった。
村長が代表して全員に事情を説明してから、ゼンとディアに反省の意を示した。
こうでもしないと村は立ち行かない。盗み以外の悪事は働いていない――などなど、貧困にあえぐ現状を村長は長々としゃべって同情に訴えていた。他の村人たちも言葉こそ発しないものの、そのまなざしで暗に許しを請っていた。
ゼンはお構いなしに食料と水、ついでに馬をせしめた。
「水源を占拠する竜を僕らが倒せばこの辺りも少しは住み心地がよくなるでしょう。帰りにでも立ち寄れば、今度こそ最高のもてなしをしてくれますよ」
「ゼンの故郷のことわざを借りれば『一石二鳥』ってやつだな」
「よくご存知ですね」
ディアが得意げに鼻を擦る。
「わたしも結構、勉強とかしてるしな」
「僕にまで見栄を張ってどうするんですか」
「ホントだぞ」
後ろから手を伸ばしてきたディアがゼンの干し肉を奪った。
一頭の馬に二人でまたがりながら、仲良く軽食をとる。
思いがけぬ厚意によって、二人の旅路は地獄の強行軍から馬に揺られる観光気分に様変わりしていた。赤茶けた大地も、心に余裕さえできれば物珍しい異国の風景として楽しめた。竜が棲むという水源に到着するまでの、しばしの憩いであった。
水源を巣とする竜を仕留めたゼンたちは、また偶然にも村人たちに出くわした。
軍人でもない人間が竜を倒したのもそうだが、ほとんど傷のない状態の死体にも男たちは驚嘆していた。本当に死んでいるのか疑わしかったらしく、息を殺して竜の鱗におっかなびっくり触っては仲間たちと興奮気味に目配せしあっていた。
目立った傷があると報酬から修復代を天引きされるため、鱗の隙間に太刀を滑り込ませて倒さねばならない。バネ式大剣『サナトス』はあくまで対人用の威嚇武器で、黒狼を駆除するときか、よほど手強い竜でない限り出番はない。つまるところ最強の切り札。
ディアの自慢げな解説に男たちは真剣に聞き入っていた。
フロレンツと仲介業者を呼びに、ゼンとディアは竜の死体を残して近場の都市へと赴いた。
留守にする半日、竜の死体の見張りは男たちに任せていた。
この前の件での償いをしたいと、本人たちから申し出てきたのだ。断わるゼンを押し退けてディアが「罪滅ぼしくらいさせてやれよ」と寛大に許したのであった。
「根は優しい、親切な村人なんだぞ」
水源と都市を往復して帰ってくると、男たちは忽然と消えうせていた。
水源は荒らされ、おびただしい数の足跡。
竜の死体は水晶の瞳や鱗をごっそり剥がされて無残な有様。
大急ぎで村に行くも、とうの昔にもぬけの殻。
村人は人っ子一人いなかった。
〈『親切な村人』終わり〉