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親切な村人(1/2)

 フロレンツが斡旋した無茶な竜狩りのため、自動車はおろか鉄道すら通っていない辺境の荒野をゼンとディアはさまよっていた。

 地を焼く黄色い太陽。

 どこを見渡しても赤茶けた大地と角張った岩だらけ。

 行けども行けども代わり映えのない景色。

 猛暑と耐え難き喉の渇きにより、二人の足取りは重い。

 今夜は野宿を覚悟してください。

 そうゼンに告げられて我慢の限界に達したディアが猛獣のおたけびを上げる。それから「やってられるか! 帰る。もう帰るぞ!」とひっくり返って手足をじたばたしだした。ゼンは「転覆した亀ですね」と軽く言い捨てた。

 癇癪をおこす師をよそに枯れ木にもたれ、リュックサックから出したペーパーバックを読みふける。


「わたしたちが命がけで竜と戦っている間にも、カタリナもノーラも涼しいお屋敷でアイスやケーキを食べてるんだろうな。なんだよこの境遇の差は」

「100年も生きてきたのですから、師匠にも転機はあったでしょう」

「オマエの指摘は毎回急所を狙ってくるよな。ちょっとは加減しろっ」


 ディアは己の理不尽な身の上を嘆き、がめついフロレンツへの文句をついでに垂れ、果てはゼンの普段の無味乾燥な態度にもケチをつけだす。半竜の頑強な生命力を存分に無駄遣いし、直射日光にさらされながら延々駄々をこねていた。

 ゼンが読書に飽きて歩きだす。

 ディアも慌てて起き上がって後を追いかけてきた。


「尋常ならぬ暑さですね」


 陽炎に歪む大地を二人は黙々と歩く。


「こんなところで黒狼(こくろう)に出くわしたらひとたまりもないぞ」

「もっと涼める休憩場所があればよいのですが」

「あの大きな岩陰とかイイ感じじゃないか?」

「サソリが隠れていそうです」

「うげっ」


 そんな折、馬にまたがった浅黒い男たちが偶然にも二人の前を通りがかった。

 風通しのよいシャツを着て帽子をかぶり、旧式のライフルを袈裟掛けに背負っている。

 馬には荷物が気の毒なほど積まれている。

 いずれもそういった商人らしき風貌。

 彼らはこの辺りの村に住む人間とのことであった。

 事情を聞いた男たちが「ぜひ村に泊まっていってください」と申し出てくる。

 ゼンとディアは二つ返事で彼らの厚意に甘えた。



 集会場の広間中央を大きな円卓が占めていた。

 上座にはゼンとディア。

 二人を歓迎するため、大勢の大人たちが円卓を囲っている。近い席同士、談笑で盛り上がっており、ゼンとディアもひっきりなしに竜狩りの話題をせがまれていた。酒を断り、口数少なく応じるゼンとは裏腹に、おだてられて調子に乗ったディアは竜との戦いを身振り手振りで語り聞かせていた。


「世界中の竜を狩りつくしても弁士で食べていけそうですね」


 料理の盛られた大皿が運ばれてくる。

 帝都のごちそうに慣れた市民が顔をしかめそうな盛り付けであったが、木の実や果物の彩りで彼らなりに客人をもてなすための工夫が凝らしてあった。ディアの腹の音が鳴るのがゼンの耳まで届いてきた。


「なんて親切な人たちなんだ!」


 感激しながらディアは、さっそく骨付き肉を手づかみで取る。

 その手首をゼンが掴んだ。


「この大きい肉はわたしが最初に目をつけたんだぞ」

「ちょっとめまいがするので外に出て夜風を浴びたいのですが、付き添ってもらえませんか? ――どうぞみなさんはお構いなくお食事をなさってください」


 ゼンは半ば強引にディアを集会場の外に連れ出した。

 荒野の夜空に満月がかかっている。

 昼間とは一転して凍えるほど寒い。

 夜風がディアを震わせる。

 背の低い建物ばかりだから、空は胸がすくほど広々としている。自動車の騒音やガス灯のまばゆい明かりとも無縁で、ありのままの自然がそこにはあった。

 乾燥した大地に粗末な石造りの家が点在し、申し訳程度の獣避けの柵がそれらを囲ってひとまとまりの村にしている。人口は100人未満。もともとは隊商の拠点であったのだと、食事の前に村長が村の成り立ちを語っていた。


「わたしがワガママ言ったり重い荷物持たせたりしたせいで疲れちゃったのか? キッチンで水もらってくる。あっ、この肉もゼンに譲るぞ」

「さっきのは仮病です」

「は?」


 ひとけのない裏口に回るとゼンは、酒が注がれたグラスに骨付き肉をひたし、それをカラスが寝静まる木の下に放り投げた。

 目を覚ましたカラスたちが我先にと骨付き肉に群がる。

 翼を羽ばたかせながら饗宴に酔いしれていたカラスたちは、しばらくすると痙攣しだし、くちばしから泡を吹きながら次々と卒倒していった。

 晩餐の前に村を案内してもらっていたときのことである――帝都のブティックで販売している服を着た少女が二人の目に留まったのは。垢抜けないその田舎娘は袖をまくり、スカートの裾を汚しながら井戸のポンプを上下させて水を汲んでいた。

 贅沢など到底できそうにない村人がこんな辺ぴな地方で、どうやって帝都の服を手に入れたのか。

 ゼンの憶測を今になって聞かされたディアは身震いした後、涙目で憤慨した。


「おおかた奴らは師匠の『サナトス』をバイオリンだと思っているのでしょう。楽器は高く売れますから。僕のカタナにも目をつけているでしょうね。というわけで、僕らが勘付いたのを悟られる前に荷物をまとめて退散しましょうか」


 ディアが「待て」とゼンを引き留める。


「あいつらを懲らしめるぞ。ここでわたしたちが反省させないと、また別の旅行者を襲うに決まってる」

「分際をわきまえてください。僕らは借金まみれの哀れな竜狩り。おせっかいな正義の味方なんて暇を持て余した連中に任せるべきです。それこそノキアの小説に出てきた、義侠心溢れる貴族の五男坊のような」

「いいや――わたしたちは正義の味方だっ!」


 ゼンの忠告もむなしく、ディアは握りこぶしを高らかに掲げて意気込んでいた。

 そのポーズを取って決まり文句を言ったら最後、断固として後には退かない。これまでの浅からぬ付き合いでゼンは嫌というほど思い知らされてきたから、早々に観念して彼女に従うことにした。


「せっかくですから、彼らにめいっぱいもてなしてもらいましょうか。合法的に人を斬れる機会なんてめったにありませんからね――なんて、冗談ですよ」

「ゼン、目がマジだぞ」


 ゼンは漆黒の太刀『善』の柄に手をかけた。

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