冬竜ヒモカガミ(9/12)
前のめりになって吹雪に抗いながら進む。
ひざまで積もった雪を大股で踏み、道かどうかも定かではない道を往く。
雪吹きすさぶ暗黒世界に目を凝らし、かすかに映る光景を頼りに歩く。
普段の何倍もかかってようやく丘のエンジュまで辿り着いた僕は、木の根元に積もった雪を素手で掘り返しだした。
ひたすら雪をかき分ける。
歩いているときは汗ばむほどだったのに、いつしか身体の熱は冷めてしまっていた。極限を超えた冷たさで指先の感覚などとうに失せていたから、そのまま雪を掘りつづけた。
雪を掘りつくして地面を引っかいたところで手を止める。
周辺の雪も片端から取り除いてみたものの、ゲンゲッカの芽は見当たらない。
吹雪に吹き飛ばされてしまったのか。
誤って靴で踏みにじってしまったのか。
雪を無心に掘り進めていた手が勢い余って抉りとってしまったのか。
いずれにせよ、ゲンガッカはどこにもなかった。
目的を果たせなかった僕は暗がりの中で立ち尽くす。
呆ける。
呼吸やまばたき、心臓の鼓動による血液の循環といった最低限の生命活動を除いたあらゆる動作を僕は止めていた。
黒い空に数多の白い粉がごうごうと渦巻いている。
水田に羽虫の群れが舞っている様子と似ている。
荒れ狂う吹雪があらゆる角度から拭きつけてきて僕を雪まみれにする。無抵抗でいると身体は徐々に雪に覆われていき、覆う雪が次第に厚くなってくる。
頭に積もっていた雪が自重で落ちる。
胸や肩についた雪もついでに手で払い落とす。
まつげにこびりついた氷のかけらを拭う。
身動きの取れる格好になった僕は、里の方角に背を向けて禁制の峰を目指した。
針葉樹林を抜けて山のふもとへ。
雪に足を取られながら石段を登り、山の中腹へと至る。
木造の古びたほこらは雪を避けるためか足がやたらと高く、僕の身長の倍はある長さのはしごが架けられていた。
木々生い茂る坂を登りきった先には開けた空間が広がってた。
竜の巣。
50年もの間、この峰から里を見下ろしていたのだろう。
巣の主――冬竜ヒモカガミは断崖を背にして眠っていた。
他の動物とは一線を画す巨躯と、空を自在に飛べる翼を持った爬虫類の怪物。かつて最強の生物として地上に君臨していた彼らは人間との生存競争に負け、流浪の王に貶められた。大半の竜はこの竜と同じように山岳を住処とし、人間との交わりを避けてひそやかに暮らしている。
鞘からカタナを抜く。
夜に溶け込む黒い刀身が姿を現す。
気配を察したヒモカガミがまぶたを開ける。
蒼い水晶の瞳に、漆黒のカタナを構える僕自身が映った。
「ヒトの子供とは……なんと喜ばしい」
もたげていた長い首が起き上がり、積もりに積もった雪が音を立てて落ちる。
瘤だらけの醜い全身があらわになった。