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冬竜ヒモカガミ(6/12)

 昼間は道場での稽古と屋敷での家庭教師との勉強があったから、僕たちの特訓は朝と夕食前の短い時間を使って行われた。技術的な指導は道場でしてもらっているから、竹刀の素振りや走り込みといった体力的な訓練が主だった。

 素振りも走りこみも、意気込みはヘキラが上回っていた。

 音を上げるのも、おおむね彼女が先だった。


「まっ、待てよゼン……わたしをおいてくなんてひどいぞ……」

「ヘキラが勝手に遅れているだけです」

「はっ、薄情者め……っていうかわたしのことは師匠と呼べ!」

「せめて稽古で僕から一本取ってからですね」

「あともうちょっとつらそうな顔して走れ!」


 僕とヘキラの家族は子供なりにがんばる僕たちを微笑ましげに見守っていた。僕が「カガミさまを倒す」などと口走らなくなったのを内心安堵しているのが言外でわかった。


「へなちょこだったゼンもずいぶんと見違えたぞ。それでこそ将来の夫だ」

「その婚約の話が決まったのはいったいいつから?」

「生まれときからに決まってるだろ。宗家次男坊の自覚に欠けておるな」

「おじいさまの口真似しているとまた叱られますよ」


 ヘキラとしては僕と遊びたいがために特訓を提案したのだろう。


「ゼンの兄さまが元気になってきたから、ゼンはわたしの家に婿入りになるかもなっ。そうなったらたっぷりこき使ってやるから覚悟しとけよっ」


 本当にそれが理由かは定かではない。僕らが特訓を始めて以降、兄さまの発作の頻度は明らかに少なくなった。むしろ顔色がよくなって日中「陽に当たりたい」と散歩するまでになった。道場が休みの日は僕とヘキラ、兄さまの三人で新雪を踏みしめながら村の外をまわって、日差しにきらめく雪景色を目と肌で楽しんでいた。



 ある日、父さまの書斎に呼ばれた。

 壁一面に書架。背の高い机と革張りのイス。象牙色のマントルピースの内側で静かに火が燃えている。先祖代々の屋敷でこの部屋だけが異国風にあしらわれている。この部屋の雰囲気が怖くて3歳くらいまで僕は泣きべそをかいていたのだと、いつだか兄さまが思い出して僕をからかっていた。

 革張りのイスに座る父さまは机に肘を乗せて両手を揉んでいる。僕を前にしてもしばらくそうしていて、普段のまっすぐで凛とした父さまにしては珍しく何かを言いあぐねている。


「そろそろ頃合だと思ってな」


 短い沈黙の末、一振りのカタナを僕に渡してきた。

 ずしりとした鉄の重さで両手が沈む。


「善」

「はい」

「いや、その太刀の銘だよ」


 父さまは苦笑する。


「お前の誕生祝に刀鍛冶に打ってもらったんだ。その太刀はお前の物だ」


 鞘から抜くと『善』の刀身は夜を盗んだ、ぬばたまの黒をしていた。

 死をついばむ鴉を連想した。


「村の外はもうこんな物騒な物を持ち歩ける時代ではなくなった。お前はこの村では珍しく今時の人間だからな。やがて帝都の大学に入りたがるだろうから無用かと思ったのだが、近頃はそうでもないと見た。ヘキラに触発されたか?」

「いつまでも半人前では兄さまのお体に障ると思いまして」


 イスに深くもたれた父さまは巻きタバコをくわえる。


「そうだな。一人前の姿を見せてやれ」

「ありがとうございます、父さま」


 僕が馬鹿正直に頷くと、父さまの瞳が潤んだ。

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