冬竜ヒモカガミ(5/12)
明け方、庭で竹刀を振っていると、生垣をヘキラが乗り越えてきた。
彼女の強行突入によってツバキの花が硬い葉もろとも無残にもげる。目も覚める赤がまっさらな雪を彩った。
ヘキラは葉っぱまみれになっていた。
猪突猛進な彼女は回りくどいことが嫌いだから、玄関から入ることすらじれったかったのは明らかだった。
能天気な彼女にしては珍しく、重苦しい面持ちをしている。
「じいさまに告げ口したの、わたしなんだ」
「でしょうね」
「だって、ゼンが悪いんだぞ。カガミさまを倒すだなんて言うから」
僕の自業自得だと言い張りながら、後ろめたげに視線をそらしている。
「ゼンは勘違いしているぞ」
力んで踏み込むヘキラ。
雪のかたまりが踏み砕かれる。
「そりゃあ、竜はでっかくて怖い。口から火を吹いたり、ウナギみたいに電気を出すヤツだっているって聞いた。悪い竜が人間を襲ったことも昔はあったらしい。でも、カガミさまはいい竜なんだ」
「いい竜が寒さで人を苦しめるのですか」
「そっ、それはだな……」
反論に窮していたヘキラは仕方ないといったふうに「秘密にしろって言われてたんだが、実はカガミさまはな――」と声をひそめ、昨夜兄さまが教えてくれたのと同じ、アヴィオールがヒモカガミと呼ばれるまでの逸話を聞かせてきた。
抱えていたカタナを僕の前に出す。
「オヤジと母さまの間にわたしが生まれたとき、カガミさまは災いを跳ね除けるお守りとしてこの『聖剣オーレオール』をくださったんだ」
聖なるカタナ『オーレオール』は彼女の宝物で、肌身離さず持ち歩いている。
抜刀するのは両親から硬く禁じられているものの、彼女の好奇心を抑えることなど到底不可能で、村はずれでこっそり僕にオーレオールの美しい抜き身を自慢することがある。調子に乗って試し斬りしようとして幹の半ばに刃を食い込ませてしまい、危うく抜けなくなりそうになった事件は記憶に新しい。勢い余ってすっぽ抜けたオーレオールが僕の目の前に振ってきて、脳天串刺しになるところだった。
「ヘキラがそのカタナを大事にしているのと同じで、僕にとっても兄さまは唯一無二の兄弟なのです。かけがえのない肉親なのです」
「兄さまの具合、よくならないのか」
「春に咲くゲンゲッカさえあれば、あるいは」
「だ、だからってカガミさまを倒していいわけないだろ」
「ならば退いていただきます」
「さっきの話聞いてなかったのか!? カガミさま、どこにも居場所がなくてここに来たんだ。人間のために戦ったのに人間に嫌われて、やっと仲良くできる人たちと出会えたカガミさまにゼンはひどいことをするのか?」
「やむを得ません」
意地になる僕にヘキラは幻滅していた。
「どっちにしたって、大人たちが許してくれるわけない。みんなの前でカガミさまを倒すだなんてバチあたりなこと言ってみろ。折檻じゃ済まないぞ」
「覚悟のうえです」
「あいっかわらず強情だなオマエは! 頭に漬物石でも入ってるのか!? とにかく諦めて他の方法を考えろ。わたしも手伝ってやるから――そうだ!」
名案が閃いたらしい。
「ゼンが一人前の剣士になれば兄さまも安心して病が治るかもしれないぞ。よしっ、そうと決まればさっそくわたしが稽古をつけてやる」
僕の正面にまわりこんだヘキラは腕をまくって竹刀を構える。
「ふふんっ、今日からわたしを師匠と呼ぶんだぞ」
その日から僕と彼女の特訓は始まった。




