冬竜ヒモカガミ(1/12)
ディアとゼンは、ひとつのベッドと一枚の毛布を共有していた。
生暖かい寝息がゼンの耳をくすぐる。
ランプを消してしばらくはディアに毛布を譲って隣のベッドでシーツをかぶっていたゼンであったが、ディアに「風邪引くぞ。遠慮するなよ」と背中に飛びかかられ、そのまま自分ごと毛布でぐるぐる巻きにされてしまい、今に至る。
窮屈である代わりに、二人分の体温で寒さはかろうじてしのげている。不快な湿気も幾分か紛らわせている。
強風に建物全体が揺れて危うげに軋む。
横殴りの雨が窓ガラスを叩く。
たてつけの悪い窓枠が木枯らしに吹かれてうるさく鳴っている。
吹きすさぶ風に集合住宅は耐えられるのですか?
この部屋で最初の冬を過ごしたとき、確かそう尋ねたのをゼンは思い出した。
その年の冬も今と同じく耐えがたき酷寒であった。部屋は今よりも汚くて廃屋同然であった。
たぶんへいきだろ。これまでもへいきだったからな。
そのときのディアは天井からしたたる雫を退屈そうに見ていた。
部屋の隅はところどころカビで緑色に変色してた。
本当に大丈夫なのでしょうね。
心配性だなゼンは。この部屋で50年ばかり暮らしてきたわたしを信じろよ。
50年……。
建てられたばかりの頃は流行のデザインでな、おしゃれだって言われてたんだ。帝都の区画整理がはじまる以前だったから、この辺も地元の人たちで賑わってた。家賃も今よりずっと高くて、ちょっと裕福な連中向けの物件だったんだ。あの頃は戦時中で、帝国も今以上に無敵の大国で、どいつもこいつも気味悪いくらい浮ついてたな。
悲しくなりませんか。きれいだった部屋や、しあわせだった頃の思い出が不意によみがえったりして。
まったくだな。悲しくなる。わたしやこの場所が時代の流れに置いていかれたみたいで。でも、しあわせなのは今もいっしょだぞ。むしろゼンと会えて今が一番しあわせなくらいだ。
師匠はもっと、普段の食い意地くらい欲張りになるべきです。
そうそう、時代といえば、竜狩りも昔はみんなの憧れだったんだぞ。薪割りの斧担いでたり映画のガンマンみたいな格好をしてたり、一攫千金によだれを垂らす胡散臭い連中がわんさかいた。
その頃は今よりも竜がたくさんいたのですか?
時代遅れの頑固な竜が人間に威張り散らしてた。中でも特に手に負えない暴れん坊がいてな。ロ……ロープ……ウォッシュ……えっと、なんて名前だったっけな。
そんな昔話を聞かせてもらったのも思い出した。
あの頃から部屋はちょっとした風で揺れていたし、雨漏りも日常茶飯事。窓枠からは隙間風が吹いていた。腐って床が抜けるのを危惧したゼンは雨漏りしている場所に鍋を置いて、その夜は「べん、べん」と鍋底を叩く水滴の音を聞きながら眠りについたのであった。
ゼンの手によって多少は修繕されたものの、その場しのぎであるのは否めない。
結露のひどい窓に帝都のきらめきがぼやけている。
文明の灯火は、雲に隠された月の代わって部屋を薄く照らして視界を与えていた。
毛布からはみ出たつま先が冷える。
こういう寒い冬の夜になると、ゼンはときおり夢に見る。
ヘキラを殺した10年前のあの日を。




