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それぞれの取り分(3/4)

 立ち尽くすゼンとディアを不審がっていた燕尾服の青年オスカーは、飛竜ミルファークに「客人だよ。丁重なおもてなしを」と促されて「か、かしこまりました」と慌ててお茶会の準備にとりかかった。

 石ころだらけの硬い地面に折り畳みテーブルとイスを設置し、ゼンとディアをとりあえず座らせる。それから彼は「しばしお待ちを」と言い残して岩陰に消えた。

 ぽかん、と席についたままあっけにとられる二人。

 手持ち無沙汰になったゼンは、オスカーが積んだままにしていた本の一冊を借りて読みだした……かと思いきや、すぐに閉じてテーブルに放り投げてしまった。そんな彼にミルファークは気さくに話題を振ってきた。


「恋愛小説は苦手?」

「この作家が嫌いなんだ。理想ばかりを書き連ねた生ぬるい展開が気に食わない」

「理想主義文学に否定的なんだね。古い文豪たちもキミと同感らしいよ。文学に対する冒涜だとか」

「詳しいな」

「情報の鮮度を保つために、オスカーには毎月文芸誌を買いにいかせてるんだ。僕が街に現れたら大騒ぎだろうし」

「物好きな竜だ」

「ヒトの暮らしが豊かになるにつれて娯楽にも多様性が生まれてきた。そう、数多聞こえる産声のひとつがこれなのさ。新たに生まれしものが古きものを駆逐するか、あるいは排斥されるか、それとも共存の道を見出すか――興味深いだろう?」


 辛抱できなくなったディアは、ミルファークに早口で問いただしだした。


「そんなことは後で話してくれ! なんでこんなところに人間がいるんだっ」

「オスカーは僕の執事だよ」

「竜が人間の執事を雇ってどうするんだ!?」

「どうするもこうするも……さっき言ったとおり、この姿じゃふもとの街に買い物にもいけないし、キミたちにお茶を振舞うことすらろくにできないだろう? オスカーは優秀な執事だよ。教養はあるし物腰も丁寧だ。でしゃばりもしないからね」

「っていうか、さっきお前のこと『マックスさま』って呼んでなかったか、アイツ」

「僕の愛称だよ。オスカーにそう呼ばせてる。キミたちにも僕のことを『マックス』って呼んでもらいたいな。気に入ってるのさ。だいたい『ミルファーク』だなんて星座を冠した名前、竜っぽいだろ?」

「そ、そりゃあお前、竜だからな……」


 テーブルに肘をついて前のめりになり、ディアはゼンに耳打ちする。


「なんかコイツ、やけに人間かぶれしてないか?」

「言語も持たない原始的な竜すらいる中ではまともな部類でしょう」


 岩陰の裏を覗くと、坂道を少し下った先にオスカーの棲家と思わしきあばら屋が建っていた。しばらくすると扉が開いて、キッチンワゴンを押しながらオスカーが出てきた。足場が悪いものだから、ワゴンに載っているティーセットがカチャカチャとやかましく鳴っていた。



 人間と竜と半竜による奇妙なお茶会が開かれた。

 少し離れた位置で不動の番人のごとく立っていたオスカーもミルファークに「キミも同席しなよ」と誘われた。執事としての分をわきまえている彼は「めっそうもございません」と最初は遠慮していたものの、主の強い勧めにより結局ゼンとディアのテーブルに着いたのであった。


「マックスさまにあだ名す者はこのオスカーが容赦せん」


 猟銃を膝に置いて。

 三人が着くテーブルの横に二本足で立つミルファークは、爪の先にティーカップを上手い具合に引っかけて紅茶を飲んでいた。人間用の小さなカップだからひと口で飲み干してしまい、その都度オスカーがポットから注いでいた。


「今日のシナモンティーは一段とおいしいね。香りが格別だよ」

「お褒めいただき光栄の至りであります」

「お客さんの口にはあったかな?」

「ふつうだぞ。ゼンが淹れるのと大して変わらん――ってなんで銃口こっちに向けるんだ!」

「私の淹れる茶を愚弄したな」

「もっと具体的な感想を述べてよディア。人間と竜と半竜が一堂に会する場で『普通』なんて無粋だろう?」

「心底めんどくさい連中だなオマエら……」


 ミルファークはよくしゃべった。

 この山で生まれ、山を隔てた東西両方の都市の成長を見守ってきたことや、今年で328歳の誕生日を迎えること。以前は仲間の竜も多くいたが、先の大戦の火の粉が降りかかり大半が命を落としたこと。生き延びた者も、人間が頻繁に山に入るようになってからは居心地悪さに移住してしまったこと。人間の生活に興味があったミルファークだけが残り、ときおり迷い込む登山者と交流していること。その過程で紹介されたオスカーを執事として雇い、給金として古代人の金貨を与えていること……などなど。

 ゼンとディアは竜の半生の回顧に真剣に耳を傾けていた。のめりこむあまり、ディアは無意識のうちにゼンのスコーンを横取りしていた。ミルファークの輝く水晶の瞳に食い入り、スコーンをむしゃむしゃと食らっていた。


「なんと波乱万丈な運命なのでしょう! ああっ、涙なしにはッ、涙なしには語れないッ。このオスカー、微力ながら荒波を越えるための梶の心意気で、全身全霊をもってマックスさまにお仕えしましょう」

「やかましいなコイツ」

「あいづちくらい打っておきましょうか。次は引き金引かれかねませんし」


 己の生い立ちから文学に話題が移り、ミルファークは恋愛作家マーガレット・ノキアの偉大さをしつこいくらい語りだした。紅茶も興も冷めてしまった。辟易したゼンとディアはここらが頃合だと、ようやく本題を切り出したのであった。


「なあ、ミルファーク」

「……」

「……マックス」

「なんだい?」

「飛行場のオーナーの市長が明日、兵隊たくさん連れて山を登ってくるんだ」

「再三の警告にも懲りなかったわけか」

「僕と師匠はその先鋒として雇われた」

「マックスさまの御身はこのオスカーがお守りいたします!」


 頭に血が上ったオスカーにまたもや猟銃を向けられ、ゼンとディアは両手を挙げる。


「血の気が多すぎるだろっ、この執事!」

「よしなよオスカー」

「ロープウェイの件で貴方も承知したはずです。あんな残虐にマックスさまのご友人を殺しておきながら。到底許しがたき行為です」

「時代の流れだよ。竜とて時代の流れには逆らえない」


 主人のさびしそうな口振りに感化されたオスカーは、はっとなって猟銃を下ろす。ディアは「生きた心地がしなかったぞ」と、ほっと胸をなでおろした。

 ミルファークはさびしげに大地を見下ろす。

 群峰を境に、東西に栄える二つの都市。山岳を迂回するように引かれた道路と線路はきれいな曲線を描いている。東西両方からトンネル工事が行われているものの、進み具合からして開通は遠い未来であろう。


「個としての強大な力を驕って進化を止めてしまった竜は、覇者失格の烙印を押された。ヒトは脆く無力な肉体でありながらも……いや、だからこそ種としての歩みを止めようとはしない。ディア、キミはそんな人類を肯定する? それとも否定する?」


 ディアはしどろもどろに答える。


「に、人間は自分たちの暮らしをよくするためにがんばってる。住むところはきれいになって疫病に悩まされなくなったし、食べ物もおいしくなった。平民でも学校に通えるようになってきたし、働く場所だってたくさんできた。も、もちろん、お前たちの棲家を力ずくで奪い取るのは悪いことだぞ」

「馬車も自動車も機関車も、目的地に向かって走っている。走るのは目的ではなく手段だ。歯止めが利かなくなった人間の終点が道の途切れた断崖の淵だとしたら、とても悲しい」

「目的地……」

「そう。栄華を極める彼らの行き先。願わくは、彼らが手段と目的を履き違えないことを。でないと、大地を託した僕らの立つ瀬がない」


 ミルファークは空を見上げる。

 抜けるような青空に綿の雲。そしてあまねく等しく世界を照らす太陽。


「ヒトは大地を征服し、竜は天空を掌握した。その取り分は至極公平だったと思うよ」


 頂点に登りつめていた太陽が西へと傾きだした。

 人間かぶれした竜のおしゃべりにうんざりするくらい付き合ううちに時間は経過し、落ちゆく太陽が稜線に触れる頃合になると、色なき光であった陽光は明確に赤みを帯び、天地もろとも世界を茜色に染め上げた。鏡のように澄んだ盆地の湖が燃えるように眩しく、彼らのまなこに印象強く焼きついた。


「翼を持たぬものが空を飛ぶ。罪深いね」


 見苦しき負け惜しみとも受け取れる、敗者から勝者への警句。

 その言葉を最後に、ミルファークはオスカーを連れて山を去った。

 燕尾服の青年を乗せた小柄な竜は夕暮れの空を飛んでいった。優雅に翼を広げ、のびのびと、自由に飛翔していった。そのさまに芸術性を見出したゼンとディアは、彼らが夕焼けの彼方に消えるのを最後まで見届けた。

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