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善き人(3/3)

 昼下がりのバルシュミーデ古物商店は今日も閑古鳥が鳴いていた。

 窓枠に切り取られた長方形の陽光が射し込み、漂うホコリを白く浮かび上がらせている。朽ちかけた木製の陳列棚がひしめく狭い通路をゼンが通り抜けると空気が流動し、ホコリが一斉に舞い躍った。床も軋んで耳障りな音を立て、今にも踏み抜きそうであった。


「竜狩りにいくんだ? また一ヶ月ぐらい留守?」


 次は南に行く。

 旅立ちのあいさつをぶっきらぼうに済ませて足早に立ち去ろうとする彼を、カタリナはそう尋ねて引き止めた。


「半年経って音沙汰がなかったら、死んだと思ってくれて構わない」

「そういうの冗談でも言っちゃダメ。お便りちゃんと送ってね。お土産も忘れないでね」

「冗談のつもりではなかったんだがな」

「でも殊勝な心がけだねー。以前はあいさつもナシに出かけちゃってたのに。私もグスタフ警部も最初は心配してたんだよ。謙虚なのは結構。でも自分自身を安く勘定しすぎても、近しい人を悲しませるだけなの覚えておかないとー」

「肝に銘じておく」

 いつになく殊勝な態度にカタリナは感心した面持ちをしていた。

 目を細め、うれしそうに笑む。


「私や警部、みんなのこと、以前よりも大事に想ってくれるようになったんだね。初対面のときはディアちゃん一筋で、ちょっと危なっかしい雰囲気があったから心配だったんだよ。一途というよりも紙一重みたいな、そんな危うさをゼンくんはまとってた」


 心当たりがあったゼンは黙りこくる。


「ゼンくんはいい人」

「またそれか」


 そして呆れがちに肩をすくめた。


「ゼンくんはいい人だよ。ゼンくんが思ってるよりもね」


 そうカタリナは繰り返した。


「これは掘り出し物ですよ!」


 甲高い歓喜の大声が唐突に響き渡った。

 久方ぶりにゼン以外の客が訪れていたらしい。


「このような逸品とこのような場所で巡り合えるだなんて。これはおそらく300年前の……ふむふむ……先住民族の儀式で……むむむ……歴史的価値……私はなんと幸運なのでしょうか!」


 奇声を発したその七三分けの背広の男は、以前ゼンが買い叩かれた悪魔の彫像を手にして病的なまでに興奮している。悪魔に魅入られたのだろうかと疑うほどで近寄りがたい。


「不祥事の尻拭いで半竜の小娘のおもりをするハメになったときは己が身に降りかかった災難を嘆きましたが……日ごろの善行を神さまはご覧になっていたのですね!」


 メガネの位置をしきりに直したり虫眼鏡まで取り出したりして彫像を鑑定している様子は品定めというよりも、行為そのものに酔いしれているように見受けられる。


「おや、ゼンさんではありませんか。珍しい場所でお会いましたね。こんなところで油を売っていないで早急に出発しないと、もう間もなく列車が出ますよ。次の竜狩りも仕損じることのないよう、くれぐれも頼みますね。さて店員さん、この像は私が購入しましょう。値札に書かれてある価格で。欲の皮つっぱって今更値上げなんて真似は許しませんから」


 フロレンツが心変わりしないうちにカタリナは「お目が高い」とレジスターまで案内し、さっさと小切手にサインさせた。ご満悦のフロレンツは像を抱えて店を後にし、自動車を走らせていった。


「あの人もいい人」

「ネギを背負ったカモだろう」



〈『善き人』終わり〉

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