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綾瀬 -伍-

 皆が皆俯き加減で座っている。

黒と白の垂れ幕に黒服の人。


 今朝、美里にあったとき其の目元は真っ赤に腫れておりどれだけ泣きはらしたか容易に想像が出来た。

美里と亜津子は幼馴染で古くから親友と言う間柄だった。

 誰よりもお互いの事がわかっていて、顔こそ似ていないが傍から見ればまるで姉妹のようにも見えた。

だから、美里の悲しみが深い事も啓祐にはわかっていた。


 しかし、啓祐には美里にかけて上げられる言葉が出てこなかった。

女同士、自分の知らない事もある。

それに、下手な慰めは慰めにならないと感じていたから、ただただ立ち尽くすことしかできないのだった。


 昨日は昨日で、美里は通夜で泣きじゃくっていたし、学校でもずっと抜け殻になったように呆けている事が多くなった。


 相変わらずこの間の警官二人が学校や啓祐の周りをうろついている。

美里にも色々聞いていたようだった。


 それでなくても一番ショックを受けていると思われる美里に根掘り葉掘り…

一度中嶋に色々と聞かれている美里の手を強引に引っ張っていった事もあった。

今日の告別式、既に美里は一番前に立って別れの文を読み上げている。


 しかし、それも中断してしまった。


 泣き崩れた美里は両親に連れられて下がってしまい、次の人が別れの言葉を読み始める。

そうして葬儀告別式も終わった。


 涙をこらえるのが普通になってしまっていた啓祐は、結局葬儀の間中心が哀しみで一杯になっていたにもかかわらず、泣く事が出来なかった。

葬儀が終わった時、泣きはらした美里と目があった。


 しかし、お互いにすぐに目をそらして美里は退室していった。


 それにしても啓祐は疑問に思った事があった。

通夜も告別式も事件から一週間もたたないうちに行われた。


 司法解剖やら何やらがあるはずなのに、棺は三つあった。

司法解剖は行われなかったのだろうか?


 そして、最後の別れの際に普通なら生前好きだったものを棺に入れたりするのだが、それすら行われなかった。


 最後に顔を見ることもかなわなかった。


 何故なのか。


 報道でも詳しい事は避けられている。

とにかく酷い殺され方をしたらしいということだけはわかっていた。

そして犯人はまだ捕まっていない。


 テレビのインタビューを受けて、無責任にも「怖いです」などと笑顔で言っている人間を何度か見た。

啓祐はそんな光景を見るたびに無性に腹が立って、しかしぶつける場所もないから、どうしようもなくて、そんな自分が情けなくて自暴自棄になりかけた事もあった。


 其の度に、自分よりも美里の方が辛いんだと言い聞かせて自分を抑えていた。


 そんなある日。


 亜津子の葬儀から既に二週間がたっていた。

学校への道中、自分を呼び止める声があった。


 ――何故か、どこか懐かしい声。


 そして其の声に恐ろしい何かを感じた啓祐は一瞬畏怖の念さえ抱いた。

振り返ると、そこには長身の青年が居た。


 髪がぼさぼさに伸びっぱなしになっていて、それでいて不潔なイメージが全く無い。


 そして髪に隠れた双眸は絶対的な何かを持って啓祐を捉え、蛇に睨まれた蛙のようにすくんでしまう自分が居た。


「お前、名前はなんと言う?」


 例え自分が子供であろうと、まったく初対面の人間に対しての口の聞き方ではないぞんざいの口調で青年が尋ねる。


「……峰塚、啓祐…です。」


 しかし、啓祐は素直に名前を答えた。

決して逆らえない何かがあった。まるで、この人の前では感情すら表に出してはいけないような完全な支配。


「わかった。もういい、行け。」

「はい…」


 体の奥底からふつふつと何かが湧き上がるのを感じた。

はっとしてみると青年の姿は既になく、啓祐は全く不思議に思ったが、遠くから学校の始業ベルの音が聞こえてきたので学校へと急ぐ事にした。


 夜の帳が下りて、ちょっとした高台から朝峰が街を見下ろしている。


「いるのだろう?深綾。貴様の言うとおりだったな。」


 街を見下ろしたまま、朝峰が声を上げる。

深綾が姿をあらわすよりも一瞬早く青白い光が朝峰に向かってきた。


「あれは、綾瀬の者だ。」


 例によって爪で刀を払うと、朝峰が深綾に聞こえるように呟いた。


「やはりそうか。」


 刀を振るいながら深綾も呟く。


「因果なものだな。我に食われかけ、貴様の一族をもって救った者の末裔がこんな所へ流れてきているとは。」


 ふっと笑った。


「何がおかしいっ!」

「貴様等半妖の一族が分け与えた力を、理解する事が出来ずに埋めてしまった一族…これが茶番と言わずになんと言おうか?貴様等綾瀬の者が力を期待して救った結果がこれだ。半妖の綾瀬はお前を残して滅び、しかし救われた峰塚は我を前にして逃走し、血が薄くなって尚子孫を残す。くくく…ははははっ!」

「我が一族を愚弄するか!」


 笑い出した朝峰に、深綾は剣幕物凄く襲い掛かる。

しかし――


「何度も言わせるな。"貴様などいつでも殺せる"」


言 うが早いか、宙に踊る深綾の横を一陣の風が通り抜けた。


「がっ…!?」


 着地した深綾のわき腹辺りにぽっかりと穴が開いたように見える。


「っ!?」


 声にならない叫びをあげて深綾はわき腹を抑えた。

深綾のわき腹の肉は抉り取られていて、酷い痛みと嘔吐感が彼女を襲った。

うずくまる深綾が、すぐ真後ろに朝峰の気配を察知した時にはすでに遅かった。

まるで一本の太い針のように束ねられた朝峰の爪が背中から貫いた。


「あ……」


 今までに無い激しい痛みに声すら出なかった。

朝峰は軽く深綾の内臓をえぐると、すぐに爪を抜いた。

腹部から血が噴出し、時折びくんと痙攣して、深綾は既に白目すら剥いて

気絶していた。


「……所詮、半妖…脆いものだな…」


 朝峰は冷たく深綾を見下ろす。

ここで、トドメを刺して新しい玩具を探すのもいいだろう。

其の素材は既に見つけてある。


「……ふん。」


 そこまで考えたが起き上がる気配の無い深綾を一瞥すると、朝峰は闇へと消えていった。

続きは土曜日を予定しております。

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