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綾瀬 -弐-

 教室を出て、呼び出しなど無視して帰ってしまおうかとも考えた啓祐だったが、思い直す。


 呼び出しには応じなければいけない。

それはその小社会のルールだ。


 まだ、感情が収まっていない啓祐だったが職員室へ向かう事にした。


 職員室の片隅には来客用の少しばかり高級な椅子がある。

 職員室へとやってきた啓祐は担任に伴われてそこへと通される。


 そこにはよれよれのコートを羽織って、またそのコートの隙間から見えるスーツはくたびれている中年の男と、一方、もう一人、スーツをびしっと着こなしていかにもキャリアといった感じの物腰で、好青年といった感じの二人の男がいた。

それをみて啓祐はなんとなく予想がついた。


天見あまみ署の者ですが。」


よれよれのコートを羽織った中年の男がさっと警察手帳を見せた。

それに続いて、少し慌てたように若い男も警察手帳を示す。


藤原ふじわら一家殺害事件の事で少々お伺いしたい事があるのです。」


 何も喋りたくない、というか、今は何も考えたくないのが本音だった啓祐は警察官と名乗った二人の男の視線を避けるように担任の方をみる。

それに気づいてかどうかはわからないが、担任の教師は啓祐の一歩前に出て警察官達と向き合う。


「失礼ですが…」

「おっと、私は中嶋なかじまといいます。」

斎藤さいとうです。」


 喋りかけた担任を遮るように、二人の警官は自己紹介をする。

担任は出鼻をくじかれたように渋い顔をした。


「ご丁寧にありがとうございます。私はこの子の担任の相楽さがらと言います。」


 相楽は啓祐の肩をポンと叩いて挨拶を返す。


「どーも。」


 中島と名乗った警官がうやうやしくそう言う。


「すみませんが、藤原さんの事で生徒たちは大変なショックを受けています。後日にしていただけませんか?」


 啓祐の一歩前に出ていた相楽は毅然とした態度をとる。


「いや、熱心な先生ですなぁ。…本当はこういうことは早いほうがいいんですが、いや、わかりました。」


 相楽の毅然とした態度に動じる事はなく、中島はのらりくらりとした態度だ。

そう言って、中島と斎藤は軽く頭を下げると職員室を出て行こうとした。


「なにを聞きたいんですか?」


 その背中へ啓祐が言葉を投げかける。


「…ほう?」


 ピタリと中嶋が歩みを止めて振り返る。


「良いんですか?」


 中島は啓祐と相楽の顔を見比べながらそう言う。


「……峰塚、大丈夫なのか?」


 それは、啓祐の精神状態を心配しているのか、それとも他の何かを心配しているのか、啓祐には判断はつかなかったが、黙って頷いた。


「それでしたら、隣の会議室へどうぞ。」


 そこへ少し頭の薄くなり始めた男が割って入った。

 この学校の教頭である。


「そうですか、それでは遠慮なく」


 まるで少年のように顔をぱーっと明るくして中嶋はその場にいた全員の顔を一通り見渡した。


「こちらです。」


 相楽が警官二人を案内して、啓祐と教頭も後に続いた。


「早速ですが、峰塚啓祐君。君は昨日藤原さん宅へ行っていますよね?」


 懐からメモ帳とペンを取り出して中嶋が尋ねる。


「行きました。そして、何かの事情があって亜津子あつこを殺してその家族も殺したとでも?」

「ああ、そんなに早まらないで。飽くまで確認ですから。」


 苦笑いを浮かべて中嶋が自分を睨んでくるような啓祐の視線を受け流した。


「飽くまで、確認ですから。犯人はまだ捕まっていませんが、峰塚君が容疑者の一人、なんてことはありませんから。」


 そう言って笑った。

勿論それを素直に信じるほど啓祐も馬鹿ではない。


 昨日、啓祐は確かに殺害事件のあった藤原家へ行っている。

それは、そこの娘、亜津子に会うためだった。


 なにがきっかけだったか、それは忘れてしまったが、啓祐と亜津子は高校へ進学する前から交際をしていた。

ただ、ちょっとした用事を済ませて昨日は帰った。


 思えばあの時の別れ際の笑顔が最後の別れだったのか…


 そう思い至った時、啓祐をもっとよく顔を見て置けばよかった、そういう激しい後悔の念が襲った。

また明日会えるから、そう思ってよくよく顔も見ずに帰ってしまった。


 変わらぬ日常に麻痺して、絶対と言う事などないということが希薄になっている。

学校へ来れば、夜が明ければ、またあの愛しい顔が見れる。

そう思っていた。


 啓祐は、中嶋たちの簡単な質問に答えながら、激しい後悔の念に涙を必死でこらえた。

中嶋だけがそれに気づいて、話の途中であったにも関わらず切り上げる事にした。


「中嶋さん?」


 斎藤が怪訝そうな顔をして中嶋をみた。

斎藤のメモによれば、まだ聞くことはたくさんあったはずなのだが。


「今日はこの辺で、また後日きますわ。」


 ペコッと頭を下げて中嶋が会議室を出て行った。


「えぇっ、ちょっと待ってくださいよ!中嶋さん!」


 斎藤も慌ててぺこっと頭を下げて中嶋を追った。


「変わった警官…だったな…」


 突然の事に相楽は一瞬呆気に取られてしまって、そんな感想を漏らした。


「先生、今日は帰っていいですか?」


 無表情を装ったまま啓祐が言う。


「え?あ、あぁ…わかった。」


 教師と言っても人の子である。それでなくても今日は午前中だけでいろいろな事がありすぎた。

 其の上警察の事情聴取。

 その事情聴取もよくわからないまま終わって、どっと疲れてしまった。

啓祐を帰らせて、相楽は会議室の椅子に座ってただ呆然としていた。



「中嶋さん…中嶋さんってば!」


 どんどん歩いていってしまう中嶋にやっと追いついた。


「何で途中で止めたんですか!?」


 まくし立てるように斎藤は中嶋を問い詰める。


「まぁ、何だ?こんな因果な商売やってると、純粋な少年をまともに見れなくてなぁ。」

「はあぁぁ!?」


 中嶋の答えになってない答えに、大きな疑問符をつけたように斎藤が唸る。


「落ち込むな、若者よ。一杯奢ってやる。」


 落ち込んでいるというか呆れてものもいえないというのが本音である。

それに全くわかっていなさそうな中嶋をみて、斎藤は大きなため息をつくのだった。

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