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序 -其の終-

 闇に蠢くは、影二つ


 一つは闇に溶け込むような黒。


 一つは月に祝福されたような白。


 しかし、陽の力を借りて光を放つ月には闇を払うだけの力は無い。

それを表すかのように、白い影は闇に沈んでは浮かび上がる、闇の中の黒い影よりも更なる曖昧さを持っていた。


 二つの影が交差する一閃――


 鈍い、しかし、小気味いいような金属音が響く。

だが、次の瞬間には影が交差した点を中心に空間がぐにゃりと歪むような錯覚を覚える。

そこで何かが弾けて、その衝撃が空間を歪ませているとでも言うのだろうか。


 月に映える二つの影は何度も交差し合い、其の度に音と衝撃をもたらす。


 その二つの影以外に動くものの気配は無い。


 ある時、交差する二つの影に異変があった。

影の交差した瞬間の音と衝撃が起こらず、代わりに何かが飛び散る影が月に映える。


 白い影――それは巫女装束を纏った乙女であった。黒く長い髪に対極を描く白の巫女装束、肌。そして血を吸ったような真紅の袴。

それが腕を抑えて体勢を崩す。


 一方の黒い影。闇に降り立ち、闇を纏った黒い影。

乙女と同じ長い黒髪は、それとは対照的に闇へと融けて曖昧さを際立たせると言う矛盾をもつ。その闇に融ける髪からは異形の角が盛り上がり、そしてその鋭い双眸は腕を抑えながらも体勢を立て直した乙女を捉える。


「よくも懲りぬものだ、深綾(みあや)。」


 低く恐ろしい声。しかしそこには呆れすら混じって、乙女の名を呼ぶ。

声が木霊し、それに恐れおののくように木々がざわざわとなる。

が、深綾とそう呼ばれた乙女は動じる事はなく自分の目の前に立ちはだかっている異形のものをキッと睨み返す。


「あたりまえだっ!」


 一言。異形のものの声と対極をなすように良く通る美しい声は木々のざわめきに負ける事は無かったが、しかし木霊することはなく、異形のものに届く。


「我が半身、”喰った”貴様を許すわけにはいかぬ!」


 木霊するその美しい声に聞き惚れるかのように、ざわめいていた木々は穏やかにその葉を揺らす。


「鬼と謳われた一族。否、鬼、朝峰(あさみね)!今宵こそ貴様を殺し、根絶やしにしてくれる!」


 叫んだ深綾は一振りの刀を振りかざす。

その刀身は月に照らされて青白く鈍い光を放ち、同時に深綾の漆黒に満ちていた瞳が赤く染まっていく。


半妖はんようことわりか…人間である事を捨てた、美しき人間の娘よ。」


 深綾の闇に映える赤き瞳、そして妖の光を放つ刀に、朝峰と呼ばれた異形の鬼はその目元をひそめて呟く。


『半妖の理』


 それは深綾もまた朝峰と同じように人ならざるものの証であった。


 妖の者にのみ許された戦闘形態。


 姿かたちこそ変わらぬが、その身体能力を無限に増大させ、敵を打ち倒すための、また妖の者である事の証。


「貴様が居たから…貴様がそうさせたっ!」


 カッと目を見開くと同時に虚空へと舞い上がるしなやかな肢体。

月を背負い影になった深綾の表情は読めなかったが、朝峰の姿を捉えて決して離そうとしない赤き瞳だけは見て取れる。


 飛び退いて深綾の一太刀をかわすが、今までの動きとまるで違った速さで朝峰を追う。


キィィィン!


 今までに無いほど鈍い金属音が響く。


「そちらがそうであれば、我とてこのまま退く事もままならぬ、か…」


 深綾のまるで女とも思えぬような一撃を受け止めた時、朝峰は思わず呟いた。

鋼をも切り裂く鬼の爪に深綾の振るった刀は傷をつけていた。


「ぐっ」


 深綾がうめく。次の瞬間深綾の体は弾き飛ばされたように宙を舞って、受身を取る事もままならぬまま地面に叩きつけられる。

深綾の刀を受け止めた朝峰が、刀を振るってガラ空(・・・)になった深綾の腹部へ膝蹴りを打ち込んでいた。


 人ならざるものの体術は、常人であればその膝蹴りだけで体が千切れるほどの威力を持つ。


「かはっ」


 例え深綾が人ならざるものだとしても、朝峰の技によるダメージは思ったよりも重く、立ち上がろうとしたところで、思わず地に手をついてこみ上げてきた血を吐き出す。


「ふん…」


 その深綾の様子には目もくれずに、朝峰は体全体に力を込める。


「くっ…いけないっ…!」


 刀をついて立ち上がる深綾は、体全体に力を込め始めた朝峰に異常なほどの力の高まりを感じて、まだダメージは残っていたが再び朝峰へ刀を向けた。

地を蹴って朝峰に襲い掛かる――が、朝峰を斬るために刀を振り上げた時、ダメージの残っている腹部へ焼けるような痛みが走った。


「…今宵はここまでにしよう。」


 朝峰が呟いた時、深綾の喉の奥から血の奔流が逆流してきて、大量に吐き出した血が視界を赤黒く染めた。


 果たして、朝峰の黒い光を放つ爪が深綾の体を貫いていた。


 土にまみれてもまだ純白さを保っていた巫女装束はみるみる血で紅く染まっていく。

自分を貫く爪に全ての体重を預けるしかない深綾。

其の足は地に付いておらず、朝峰の爪によって持ち上げられているかたちになっていた。


「あ…あさみねぇぇぇっ!」


 憎悪の炎を灯して朝峰を睨む。

意に介さずに朝峰は深綾を貫いている手を高々と天に掲げる。

当然深綾に突き刺さる爪はより深くめり込んで、其の苦痛に声にもならぬ声をあげる。


「うあっ!?」


 朝峰が其の手に一層力をこめる。手を握り締めようと動くだけで深綾の内臓がズタズタに引き裂かれていくのがわかる。

傷口から流れる血の量はもはや尋常でなく、朝峰の腕を真紅に染め上げていた。


「終いだ。」


 流れ落ちる血に歓喜するように、腕に込める力が強くなっていく。


「あああああぁぁっ!!」


 鈍い音がして、悲痛な叫びが木霊した。

鈍い音か、それとも深綾の叫びなのか――それともその両方か。


 それはわからなかったが、朝峰はそこで何かに満足して深綾を放り投げた。

そうすることで、深綾は爪から解放された。

――が、血がとめどなく流れる傷口を抑えて地に横たわり、時折ひくひくと痙攣を起こしては、うずくまってしまった。


「…は…っ…」


 流したくも無い涙が、痛みと流れ落ちる血に呼応するように流れ、これで幾度目か、血を吐く。


 朝峰は、悪趣味にも深綾が身悶える姿をじっと見ている。


 後は殺すだけ…


 しかし、止めを刺すということはしない。

ただ、じっと見ている。

その表情に哀れみなどと言う感情は篭っていない。

待っているのだ。

目の前の巫女がたちあがり、そして再び自分に牙を剥いてくる事を。

それがまるで一つの余興であるかのように、見ている。


 そしてそれは、何よりも深綾の自尊心を深く傷つけるには充分すぎた。


 苦しさと痛みに悶えながら、しかし深綾の憎悪は膨れあがっていった。

朝峰という鬼の視線に、まるで自分が見世物にされているようにさえ感じて、痛みに流れ出る涙に悔しさからくる涙が混じった事に深綾本人でさえ気づかなかった。


「殺せ…!」


 これ以上恥をかくのなら…そこから来る言葉だった。

しかし朝峰はただただこちらを見るだけで動かない。


「ころせぇぇぇっ!」

 

ありったけの気力で声を振り絞る。


「言っただろう?今宵は終いだ、と。」


 何の感情も見出せない声。

それは深綾にとって絶望ともいえる一言だった。

このままここで苦しみと痛みにのた打ち回り、そして朽ち果てていく。


「ころ…し……て…」


 そして深い闇へと深綾の意識は落ちていった――

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