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綾瀬 -美里-

 皆は、亜津子の事を忘れてしまったのだろうか?


 彼は、全てが終わるまで亜津子のために泣かない、とそう言った。


 捕まらない犯人に、皆は「ああ、怖いね」と言うばかりで全く気にする様子がない。


 休み時間に喋る、とかそういう程度の友達なら自分にも沢山いる。

くだらない話で、冗談をいいあって、そうしてればいくらかは楽だった。

あの日、彼に作り笑いはもうしない、とそうは言ったが作り笑いでもしなければ皆と話をすることすらままならないでいる自分に少し苛立ちを覚えた。


 亜津子は本音をぶつけてくる娘だった。

それが時には歯がゆい事もあったが、でも、本気でぶつかり返して、そして自分たちは誰よりもわかりあっていた、とそう思う。


 ある日、彼女は彼の事が好きだといった。

其の時、私は一瞬驚きを隠せなかった。

でも、頑張りなよ、と肩を叩いた。

そんな自分に亜津子は怒ったのだ。


 其の時、亜津子は彼と同じ事を言った。

いや、あの日彼が亜津子と同じ事を言った、と言った方が辻褄は合う。


「そんな、作り笑いなんてしないで。」


 亜津子は私の顔をじっと見つめて、そう言った。

そうだ、私も彼の事が好きだ、そうはっきり言えるほどではなかったが、他の誰よりも、もしかしたら亜津子よりも気にかかっていたのは間違いない。


 だからきっと、私は亜津子の告白に驚きを隠せなかったし、応援するつもりが彼女を怒らせたに違いない。

亜津子は、引っ込み思案な自分とは正反対とも言えるほど前向きで、そしてひたむきで活発な娘だった。


 お互いに頑張ろう、彼女はそう言った。


 でも、私がなにも出来ずにいるうちに亜津子と彼は付き合うことになっていた。


 それから、私は彼の事を諦めた。


 未練がないといえば嘘になる、でも、亜津子が嬉しそうに笑うと、何も言えなくなる自分がいた。

ある朝亜津子が朝に弱い彼のために迎えに行こうと言い出した。

確かに、遅刻の常習犯でもあった彼にはいいことかもしれないと思った。


 でも、私は其の時――何を理由にしたかは忘れたが――行かないといった。

其の時、亜津子は少し残念そうな顔をしていた。

其の時からだったろうか。


 それまで学校へ行くにも一緒だった彼女と段々別行動をとるようになったのは。

それまでも必ずしもいつも一緒と言うわけではなかったが、二人でいる時間が減ったのは紛れも無かった。


――そして、彼女は笑う事が出来なくなった。

もう、会う事すら叶わない。


 悲しかった。言い表せないほどの悲しみで胸が焼けるように熱くなって、それは目から零れ出た。



 同時に。



 同時に、心のどこかで彼を振り向かせるチャンスだと、微かにそう思ってる自分もいた。


 それが許せなかった。昔から一緒だった親友が欠けてしまった事への悲しみが一杯のはずなのに、微かに心のどこかが歓喜の声を上げている。


「チャンスが巡ってきた」、と。


 学校に来なくなった彼を迎えに行けと、その心の部分が命ずる。

理由を様々かこつけて私は彼を迎えに行った。


 そして彼は亜津子と同じ言葉を私に投げた。


「そんな作り笑いはいらない」――。


 それを聞いたとき私の心の歓喜の部分は消えうせた。

そしてますます自分が許せなかった。


 心の隅に微かにそういう気持ちがあったことを許せなかった。

同時に、亜津子のために未だ涙を流していない彼にも腹が立った。

自分の事は棚に上げてしまったかもしれない。

それでも、自分を許す事は出来なかったし、彼にも腹が立ったのは事実だ。


 彼に対して腹を立てるのはお門違いだったが、でも、やはり自分の親友のために、そして彼の恋人のために泣いてあげても良いんじゃないか、とそう思った。


 段々自分の気持ちがわからなくなる。

 

 亜津子は大好きな親友だ。それは今でも変わらない。

そして、亜津子と共に多くの時間を過ごしてきた彼も大事な親友だ。


 そして私は別の目で彼を見ていた事にも変わりが無い。


 あれこれ考えているうちに、頭の中はカンバスに絵の具をぶちまけたようにぐちゃぐちゃになってきて、そしてどうしようもなく涙が止まらない。


 誰かに抱きしめて欲しかったのかもしれない。それを彼に期待したのかもしれない。


 そうする事で、少なからず救われるとそう思ったのかもしれない。

それでも私は、このどうしようもなくなった感情を自分で処理するしかなく、ただただ途方にくれるしかなかった。

明後日、壱章綾瀬、終の予定です。

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