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綾瀬 -捌-

 やはり間違いではなかった。

あの夢は真実だ。それにしても…


 何故中嶋はそれを、彼から見れば子供にしか見えぬ自分に教えたか。

何か思惑があるのか。或いはまだ自分を疑っているのか。


 わからない。一番狡猾な人間は中嶋であるかもしれない。


 しかし、しかしだ。


 願っても無い、それ以上の情報を得る事が出来た。


 それが何処にいるのか、皆目見当もつかない。


 居所など知らぬ。


 顔も知らぬ。


 だが、わかっている事は一つだけ。

そいつが間違いなく亜津子を殺した。


――復讐


 そんな言葉が脳裏をよぎった。

しかし、そんなことを成し遂げようと思うほど自分が強くない事を啓祐は知っている。

そして成し遂げられると思うほど馬鹿でもない。


 せめてそいつの顔を見なければ、出来る事なら亜津子の墓の前で跪かせなければ、気がすまない。

そしてそうしなければ亜津子は安らかに眠れぬとそう思った。

 

 それははたして亜津子が望む事か?

それは問題ではない。


 啓祐がそう思った事が、啓祐にとって真理以外のなにでもない。

手がかりは何も無いに等しい。

あるとすればあの夢。記憶すら定かではないあの夢。


 それだけだ。


 今でも亜津子の家は残ったままになっている。

売りに出しているらしいが、買い手は未だについていないようだ。


 当然だろう。


 度重なる報道で散々事件のあった家は映し出され、買おうとする人間が現れても、皆同様に『ああ、あの家か』と、結局買い手はつかなかいでいる。


 あんな事件のあった家だ。その恐怖や霊的な――啓祐は霊といった所謂超常現象など信じていなかったが――そういう面から気味悪がって買おうとは思わないのだろう。


 啓祐は一度亜津子の家へと行って見る事にした。

すでに二ヶ月以上たってしまったが、何か残っているかもしれない。


 天見署に戻る斎藤の車に便乗して戻る間、啓祐はずっとそんなことを考えていた。


 亜津子の家は一軒家であった。住んでいたのは亜津子とその両親の三人で、

付き合いはじめてしばらくして初めてその家へ招待された時は気恥ずかしさと緊張でよく中の様子など覚えていなかった。


 しかし、二階は主に物置につかわれていて、家族の部屋はすべて一階にあった事は覚えている。


 かつて、家族三人でありながら、賑やかで暖かかったその家は見る影もないほど静まり返っていて、不気味でさえあった。

玄関の前に立つ。呼び鈴を押せば元気な声がインターホンから聞こえてきて、つぎに勢い良く扉が開いて元気な娘が顔を出す。


 今は、もうない。


 呼び鈴を押しても返事はなく、むなしい音が誰もいない家に響くだけ。

庭の方へ回ってみる。


 ガラス張りの縁側にカーテンはかかっておらず庭からでも中の様子は見える。

もう家具も何も取り払われてがらんとしていた。

まるで何も無かったかのように、中嶋から聞いた話や、自分が夢で見たようなそういう痕跡はまったくなく、床も壁も綺麗になっていた。

うっすらと埃がつもっていて、長い間人の出入りが無い事をうかがわせる。


 庭から入り口までぐるっと一周して見たが、やはり入れそうなところは無かった。


 そういえば、ここへはしばらく来ていなかった、と啓祐はふと思い出した。

最後に入ったのはあの男、自分に対して絶対的な何かをもって語りかけるあの男に出会った次の日だった。

あの日、警察の現場検証や、その他の細かい事などが済んで亜津子の家が警察から解放された日、家の掃除や遺品の整理などをするために美里に連れられてここへ来ていた。


 あの時はすでに粗方片付けがなされていて、遺品をもらうくらいしかすることは無かったが、其の時も特に壁や床が血でまみれているということは無かったと思った。


 あるいは、まだ掃除されていない部屋に入らなかっただけだろうか。

とにかく啓祐は家にも入れないので一度引き返す事にした。


 その帰り道。

 呼び止められる。


――あの男だ。


 その男が発する気配は、自分の体の奥底にある何かを呼び覚まそうとする。

しかし、啓祐はそれを直感的に禍禍しく感じて、必至で抑える。


 何を話したのか、あるいは何も話さなかったのか。

どれくらいの時間そうしていたのか。

長いようで、じつは短かったのかもしれぬ。

何も記憶にとどまらぬまま、気づけば男の姿が無い。


 一つだけ。

 そう、一つだけ覚えていた。

 そう思ったことを、覚えていた。

 ――この男が、亜津子を殺した。


 根拠も何も無い。何も無いが、しかし啓祐にはそう思えて仕方なかった。

あえて根拠とするならば、まるで人間のものではない其の気配、とでも言おうか。

それすら、啓祐が直感的に感じた事で決定的なものではなかった。

その気配を覗けば、長い髪がうっとうしいとも思えるただの青年で、中嶋に聞いたような事が出来るとも思えない。


 中嶋に聞いた話も、自分の見た夢も、人間の出来うる事の範疇を超えているような気がする。

直感的な思いつきで男を犯人と決めつけたが、しかし、考えれば考えるほど混乱して、結局何もわからないのであった。

続きは来週土曜日です、遅筆で申し訳ありません。よろしくお願いします。

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