表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
えれメンタルノイズ 〜目覚めし僕らのココロのサケび〜  作者: たかし
2 純白の竜 〜7がつ20にち〜
7/12

1-6 荒野に咲く願い


あれ? 俺はどうなったんだ?

前がよく見えないや。

ここはどこだろう?

さっきまで林の中にいたはずなのに。


尻の下が板で

押されてるような感覚がある。

ああ、椅子の上に座ってるんだな。

手を前に出すと、

触り慣れた木のぬくもりが感じられた。

これは机だな。

そうだ、いつも座ってる、

3階の教室のあの席だ。

憎たらしい日光が照りつける、あの窓際だ。


視界が徐々に開けた。

左右には、顔のようなシミのある壁が、

上には規則正しく蛍光灯が並べられた天井、

白やピンクの消し跡が

乱雑に残された黒板があった。


いつもの教室だ。

ただ、いつもとは違い、

少し寂しげだった。


席に座ってるのは俺だけだったから。


扉がゆっくりと開いた。

扉越しに立っていたその人の顔には、

見覚えがあった。

ただ、俺が思っていた人より随分若かった。

顔にはシワひとつなく、

ヒゲも生えてない。

そして何より、

特徴的であった頭の上の肌色の広場に、

一面の毛の林があったのだ。


「それじゃあ、授業始めるぞ」


若き先生は、

活気を失った教室に足を踏み入れた。

その声は擦れたりせず、

特徴的な「ん」という音も

含まれてはいなかった。


「突然だかみんな、窓の外を見てくれ」


俺しかいない教室で、

先生は呼びかけるように言った。

なんだ、この変な感覚。


「あそこに、緑の林が見えるだろ?

今回、あの林が取り壊される、って話が

教育委員会で出てきたんだ」


あそこって、

俺がさっきまでいた林だよな。

俺は窓から身を乗り出した。


「先生も子どもの頃、

あそこでよく遊んだんだ。

秘密基地を作ったり、

ブランコや滑り台とか、

いろんな遊具を作ったりしてな」

先生は、語りかけるように続けた。

「みんなも、あそこで遊んでたよな。

休み時間や放課後、

職員室からあの林を覗けば、

君たちの楽しそうな声が

いつも聞こえてたよ。

そんな景色を見ることが、

私の心のハゲみになってたんだ。

だから、林の撤去に反対することにした。

みんなの遊び場を、

わざわざ取り壊すことなんて

あまりにも酷いもんな」

俺は視線を窓の外から教壇に戻した。

あれ? 若くなっていた先生の髪の毛が、

だんだんと後退しているような気がした。

「だけど、無駄だった。

若かった私の意見なんて、

誰も聞く耳なんて持ってくれなかったんだ。

私の努力は虚しく、

あの林は更地になってしまった。

そのときからかな、

私の髪の毛が減ってきたのは」

俺は、目の前に立つ後退しつつある頭を、

一点に見つめながら聞いていた。

「私はいろんなものを失ってしまった。

取り返そうとしても、ダメだった。

教育委員会に植林するよう呼びかけたり、

残された髪の毛に育毛剤をかけたり、

とにかくいろんなことをした。

挙句の果てには、髪の毛を生やすために、

雑誌の広告に乗ってた

「炭酸シャンプー」ってものにも

手をだした。悲惨だったよ。

頭にエナジードリンクをかけると、

ベッタベタになるんだ。

こんなことしても髪が生えないことなんて、

子どもでも分かりそうなことなのに。

それだけ私は焦っていたんだろうな。

私は、思い出の林も、

髪の毛の林も、

その全てを失ってしまったんだ」

次第に先生の姿が、

年季の入ったシワのある、

肌色の頭に包まれた見た目に変わっていった。

「私は消えてしまった林に、

まだ執着してたんだろうな。

何をしたって生えるはずなんてないのに、ん。

心の中に潜む在りし日の思いが、

君を傷つけてしまったようだ、ん」

聞き慣れた「ん」が戻ってきた。

俺はとっさに回数を指で

数えようとしたが、やめた。


「氷上くん」

「あ、はい」


突然の呼びかけに

椅子をガタ、っと鳴らしてしまった。


「君には、私のように

ならないで欲しいんだ」

「ど、どういう意味ですか」


先生は俺の顔をじっと見つめ、

ゆっくりと語りかけた。

「強いものに屈さないで欲しいんだ。

自分の意思を邪魔するものに、

真っ向から立ち向かって欲しいんだ」

俺は目線を下に向け、黙っていた。

今の俺には、

とても目を見て話を聞く自信などなかった。


「私も、そんな障害に立ち向かおうとした。

だけど敵わなかった。

でも、君はまだ若い。林を守ろうとした、

あの頃の私よりもずっと若い。

だから、君にはきっとできるはずだ。

それは、若い頃にしか

できないことなんだから」


「先生っ!」


俺は勢いよく立ち上がった。

俺はそんな立派な人じゃないよ。

俺にはそんなことできないよ。

だって、だって俺は、

さっき林の中で先生を…

先生を倒そうとしていたのに!


「ん、さっきのことは気にするな、

氷上くん。何事も気にしすぎると、

私みたいな髪になってしまうかもしれないぞ」

「違うんですっ!」

気にせずにいられるもんか。


「では、これで…先生の授業は終了だ、ん」


「俺には無理だよ!」


机を押しのけ、教壇から降りようとする

先生の元へ駆け寄った。


「君は、怖いことから逃げたくない

って言ったじゃないか。

戦うって言ったじゃないか。

その言葉、確かに聞きましたよ、ん」


「でもっ!」


俺は先生の腕を掴もうとした。

しかし、俺の手は、

先生の腕を捉えること無く払いのけられた。

林の中で、武器にする木を探そうと、

枝に手をかけようとした、

あの時の感覚に似ている気がした。


「行きなさい、氷上くん。

君はこんなところに

いつまでもいるべきではないですよ」


「先生…」


「私なら大丈夫ですよ。

安心してください、ん」


「……分かりました」


その返事は、先生に届かなかった。

目の前の恩師はすでに教室からいなくなり、

寂しげな教卓だけが

ポツリと残されていただけになっていた。


分かったよ、先生。俺、逃げないよ。

何があっても、俺、戦うよ。


「行ってきます。先生っ!」


誰もいない教室の静寂を払うように、

俺は叫んだ。

そして、先生が開けっ放しにしてくれていた

扉の方へ、一気に駆け出した。



「おーい、起きろよー。

いつまで寝てんだよー」


頭上から呑気な声が聞こえる。

あれ、俺寝てたのか。

身体の下では、ゴツゴツとした石達が

俺の背を支えていた。

目の前には一面に薄暗い空が広がり、

星たちが仰向けの俺を

うっすらと照らしていた。


「あれ、その声は」


目線を上に向ければ、

眠そうに目をこすっている、

あのちっぽけなドラゴンが座っていた。


「全くいつまで寝てんだよ」

「ああ。俺、気絶してたんだ」


全身が筋肉痛に襲われていたため、

すぐには立ちあがれなかった。

それでも、あまり痛まない右腕を使って

ゆっくりと起き上がり、周りを見渡した。

そこには木々も草もゴミも何もない、

砂利だけの広場が広がっていた。


「えっ? 林は? どこ行っちゃったんだ!」

「そんなもん初めから無かったんだよ」

「え? 何言ってんだよ。

あったじゃねぇか! 俺たち、林の中を

あんなにも走ったじゃねぇか!

敵と戦ったじゃねぇか!」

「ぜぇんぶ幻だったんだよ、幻」

「そんなわけあるかよ! じゃあ、先生は!

先生はどうなったんだよ!?」


周りをもう一度見渡した。

しかし、あの木の化け物の気配もなければ、

人の気配すらない、

そんな荒野が広がるだけだった。

もしかして、俺はまだ夢を見てるのだろうか。

それとも林で戦った

あれこそが夢だったっていうのか?


「あぁ、お前さ、

寝言でずっと「センセイセンセイ」って

言ってたな。

ってことはあの木の化け物、

お前の先生の雑音(ノイズ)だったかもな」


聞き慣れない言葉が聞こえた。


「え、なんだよ雑音って。

先生は無事なのかよ!? どうなんだよ!」

「そうカッカすんなよ、説明すっからさぁ」


目の前のドラゴンは、

尻尾でイスのように丸め

座り直して説明を始めた。

そういや意識してなかったけど、

いつの間にかあのチワワみたいな大きさに

戻ってるな。


「おいらたちが戦ってたのは、

雑音(ノイズ)っていって、

いわばヒトの怨念みたいなものだったんだ。

おいらはお前の先生のこと、

よく分かんないけど、

この場所になんか未練があったんじゃねえか?

お前、何か心当たりあるか?」


竜は砂利を爪の先で器用に掴み、

まじまじと見つめながら言った。

こんな石つぶでさえ新鮮なんだろうか。


「あるよ。先生は昔、

ここにあった林を守れなかったって」


さっきの夢で聞いたことだから、

何の信ぴょう性もない情報だけど、

それしか言えなかった。


「じゃあここにあった林は、

先生の心の奥底にずっと眠ってた

守れなかった後悔が、

具現化して生み出されたものだった、

ってことだったんだな」

「えっと、具現化って?」

「形になって現れた、って意味だよ。

なんだお前バカなのか?」

「うっせぇよ!」


こんなケモノにバカって言われるとは

思いもしなかった。

それにしても、

林を守りたかったと言う思いが、

あんな怪物を生み出していたなんて

信じられないな。

先生、授業中の雑談のときも、

林の話なんて一言も言わなかったのに。


「あの木の化け物、ハゲてたからさぁ、

もしかしたら毛が生えてる俺たちを

羨ましく思って襲ってきたのかもよ」


竜は、俺の思いを

汲み取ったかのようにつぶやいた。

そんな単純な理由なんだろうか。


「で、結局先生は!?」


理由は気になったが、

それよりもっと気がかりな本題に戻した。


「大丈夫だ、大丈夫だ。

いっちゃえば怨念を

取り払っただけなんだから、

本人には何の被害もないって。

逆に悩みがなくなって、

吹っ切れてるかも知れねぇぞ?」

「そっか、なら良かった」


俺は深い安堵のため息をついた。

その瞬間、一気に身体の疲れが

全身を駆け巡り、座り込んでしまった。

ケツに尖った石がちょっと刺さったけど、

気にしなかった。


「だいぶ疲れたみたいだな」

眺めていた石をその辺に放り投げ、

目線をこちらに向けながら竜は言った。

爬虫類のようなタテ線の入った黄色い目は、

犬のような白い毛の生えた身体には

合わない気がした。


「おかげさまでな」

俺は少し時間を開けて返事をした。

不可解なことが多すぎて、

落ち着けば落ち着くほど、

疑問は尽きることなく湧いてくる。

しかし、その疑問を一つ一つ捉えるには、

あまりにも疲れていた。


俺たちはそのあと、

しばらく何も言わずに

先生の果たせなかった希望の地に、

思いを馳せていた。



「そういやさ、お前、名前なんていうんだ?」

しばらく休憩したあと、

俺は前から密かに思っていた疑問を尋ねた。


「名前? そんなのねぇよ。

おいら、産まれたばっかりだ、

ってこと知ってるだろ」

そういえばそうだった。

ってことは俺は産まれたての赤ん坊に

バカにされてたのか。

「じゃあさ、俺が付けてやろうか? 名前」

「えー、お前センス壊滅的にゴミじゃん」

また罵倒された。なんなんだよ、全く。

「じゃあ付けてやらねぇよ」

「え、せっかく言ったんだから

責任持って付けろよ」

どっちが本心だよ。

それなら付けて欲しいって

はっきり言えばいいのに。

「えーと、じゃあ…」


考えようとしたものの

こんな風に、あだ名じゃない「名前」を

誰かに付けるのは、初めてのような気がした。

ペットがいれば名付けくらいした思うけど、

飼ったことなかったし、

仮に飼っていたとしても、

母さんと相談した上で名付けるんだろうな。

まぁ、相談といっても九割九分

母さんが決めた名前になりそうだけど。

母さんは自分が言ったことは

やたらと曲げない性格だから。


名前かぁ。こいつの印象、って言えば、

やっぱ氷か。クリスタル触ったとき、

すげぇ冷たかったし。

でも、名前だからやっぱ

カッコいいのがいいよな、英語とか。

確か冷たいの英語が… そうだ、クールだ。

でも、このままだと味気ないからなぁ。

えーと、クールクール…


思いついた。


「ルークは? ルークってのはどうだ!?」

俺は沈黙を破って言った。

「ふーん、お前の

クソみてぇなセンスにしては、

わりといいじゃん。由来は?」

「いやさ、クールクール…って言い続けると、

ルークルーク、ってなるだろ?」

「なんだよそれ」

あれ? なんかこの会話した覚えあるぞ。

デジャブってやつか?

「いや、なるねん。

これが日本流のジャパニーズ文化。

ジャパニーズオブニッポン文化、みたいな」

「バカじゃねぇのか?」

彼はそう言いながら尻尾を振った。

そっけない物言いだったが、

彼の顔には小さな笑みがこぼれていた。


「じゃあ帰るか、ガキ」

「そうだな、ルーク」

俺はそう言いながら、

痛む足をかばいながら、

ゆっくりと立ち上がった。

自分で付けた名前なのに、

いざ声に出すと、少し照れくさかった。


「てかさぁ、ルーク。

お前普通に帰るとかいってるけど、

どこに帰るの?

もしかして俺の家?」

「帰っちゃいかんような言い方だな」

そう言いながら、

彼は純白の羽を羽ばたかせた。

宙に浮いた彼は、

早く帰ろうぜ、と言わんばかりに

バサバサと音を立てた。


母さん。帰るの遅くなっちゃったな。

怒ってるかな。

こんな口の悪いドラゴン連れて帰ったら、

どんな顔するかな。

やっぱ追い出しちゃうのかな。


「グルルゥ…」

今までの緊張に隠れていた腹の音が、

暗くなった荒野に、

これでもかというくらい響いた。


「そんじゃ、帰るか」


俺はそうつぶやき、

ゆっくりと家の方へ歩きだした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ