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えれメンタルノイズ 〜目覚めし僕らのココロのサケび〜  作者: たかし
2 純白の竜 〜7がつ20にち〜
4/12

1-3 溶けた常識

ーーーあ、今さっきなんか

白いもん見えんかった? 緑のなかに。


俺はまだ授業中に見えた白い物体が

気になっていた。

帰りたいという気持ちで

いっぱいだったはずなのに、

そのことが頭から離れない。


老朽化して所々穴が空いている廊下を抜け、

いつもはガヤガヤしてる下駄箱と向かった。

周りに子どもがいないと、

自分の背丈より大きな下駄箱は、

なんだか小さく見えた。

途中、壁掛けの時計を見上げると、

4時45分を指していた。

ほら、5時前だ。

やっぱり俺のどうでもいい予想は

あたっちゃうんだ。


「30分も説教食らってたんか」


誰もいないのに気を紛らわすため、

小声でつぶやきながら靴を履いた。

白地に青いラインの入った

ランニングシューズは

白とは呼べないくらい汚れてしまっていた。

少しドッジボールで無茶しすぎた。

帰ったら母さんに洗ってもらおう。


夕焼けと昼休みの土で染まった玄関のマットに、

靴裏をゴシゴシとこすりつけた。

振り返り、さっき見たばっかりの時計を

もう一度見上げた。


「……10分だけなら大丈夫か」


そんな思いがこみ上げた。

あのとき見えた白い物体があった林は、

確か職員室にそって真っ直ぐ行ったとこだ、

ここからだと走れば5分もかからない。

通学路とはまるで逆で、

わざわざ行こうとも思ったことないから

正確な時間は分からないけど。


「まぁ、ちょっと覗くだけだし」

そんな風に自分に言い聞かせ、

遠目に見える緑に目を向けた。

もう昼間みたいな綺麗な緑ではなく、

黒ずんだ塊となっていた。


そこに何かがあるって

分かってるわけじゃない。

白い何かを見たのも、

頭がボーっとしてただけかもしれない。


だけど、気になって仕方がなかった。


夕日が真横から照りつける。

左には子どもという木々を失った、

砂漠のような運動場しかなく、

影を作ってるのは俺だけだ。


いつになく伸びた

自分の黒く長い影を横目に見ながら、

俺は走り出した。




「……でかいな」

黒い塊の前に立つと

3階で見るよりもずっと大きかった。

それに近くまで来たのは初めてだったから、

なおさら大きく感じたのだろう。


その迫力に飲み込まれそうだった。

薄暗い赤い光が緑に反射し、

まるで血のような色だった。

枝同士は複雑に絡み合い、

獲物を狙う牙のように、

こちらをにらんでいた。


「やっぱ帰ろっかな……」

俺は誰かに許可を得るかのように

声にだした。

もちろん誰も返事なんてしてくれないけど。



よくよく考えると、

俺って怖いものから

ずっと逃げてきた気がする。

5年前だってそうだ。

俺がまだ小学校に入学する前、

父さんが急に東京に

赴任しなきゃならないと決まったとき

俺は何もできなかった。

玄関で靴を履く父さんの音を、

2階で聞き耳を立てていただけだった。

駆け下りて「いってらっしゃい」の

一言でもかけてあげたら、

悩むことなんでなかったのに。


ただ、怖かった。

別れのあいさつすることで、

もし二度と会えなくなったりしたら、

「いってらっしゃい」って言った記憶が

俺の中で一生つきまとうんじゃないか、

って感じたんだ。


今思えば、

いったい何を怖がってたんだろうな。

あのときの選択のせいで

別れを告げずに2階の廊下で呆然としてる、

逃げ腰の自分がずっとつきまとってるよ。


「ああもう!」

自分の頬を両手でピシャリと叩き、

ネガティブな思考を消そうとした。

その頬の音は林の中にすぐ吸収され、

再び無音の時間が流れた。



俺はゆっくり足を踏み出した。


さっきまで俺の右にあった

黒くて長い自分の影は、

目の前の闇に

すっかり飲み込まれた。



どれくらい時間が経ったのだろう。


俺はひざをかすめるくらいの草むらと、

忘れ去られたかのような

古いゴミの混ざった木々の間を

歩きまわっていた。


見つかるものといえば、

いつのものか分からないような

エナジードリンクの瓶や、

分解され、使い古された

スプレー型の育毛剤等、

今の俺には必要ないものばかりだった。

ワンダフルなお姉さんが

表紙に写ったエロ本も落ちてたが、

肝心なページが破かれ、

どうでもよい広告しか残ってなかった。

「炭酸シャンプーでふっさふさに!」

なんだこれ、アホくさ。


本当に時間を無駄にした。

10分だけ、って言ってたのに

もうとっくに過ぎている。

木々の間から差す光は、

もう黒みがかっていた。


あぁ、帰りたいなぁ。

ほんでハゲえもんでも見ながら、

ごはん食べたいな。

ハゲえもんわりとおもろいんだよな。

四次元カツラの中から

なんでもアイテムが出てきてさ。

だいたいのアイテムが毛生え薬なんだけど、

それを使うと髪の毛が

いろんな形に変化して、

空飛んだり大きくなったり

タイムスリップしたりできるんだよな。

ちょうどさっき落ちてたスプレーも

道具にあった気がする。


「うぉっ!」

急に左足に何かがぶつかった。

帰宅後の空想にふけっていて

周りを見てなかった俺は、

変な声を出しながら、

斜め前に投げ飛ばされてしまった。


「痛ってぇ……」

座ったま、足をさすりながら

視線を後ろに向けると、

そこには透明なクリスタルが

横たわっていた。


「うっわ、すっげぇ!」

思わず声が漏れてしまった。

身体を素早く回転させ、

近くへ駆け寄った。

なんでこんな目立つものに

つまずいてしまったんだろう。

自分でも分からない。


クリスタルは、

人々の生み出したゴミたちからは

異彩を発していた。

四方の景色を同時に反射するその形には

なんの規則性もなく、

人が創り出したものだとは思えなかった。

そして木々の緑と夕日の赤が

器用に混ざり合った表面は、

チリ一つ付かないくらい

磨き上げられていた。


キレイだった。

テレビでしかこんな宝石は見たことない。

もしかしたらテレビでも

写真でも見たことがなかったかもしれない。

それに小学生の俺には、

抱えることができないほど大きかった。


胸を打つ音が次第に早くなる。

俺はとんでもないものを

見つけてしまったのではないか。


とにかく、

ここでじっとしているわけにはいかなかった。

目の前のクリスタルに気を取られ、

意識していなかったが、

夕焼けはもうとっくに見えなくなっていた。

早く誰かに知らせたいと思った。

スマホでも持っている人なら、

SNSとかいうやつで

広めることができたかもしれないけど、

あいにく俺は持ってない。

母さんには、バイトできる年齢になるまで、

携帯は持たさないって

釘刺されてるからなあ。

でもこのクリスタルを持って帰ったら

気が変わるかもしれないな。

早く母さんに見せてやりたい。

とりあえずここから移動させよう。

転がしたらなんとか運べるかもしれない。

俺は磨き上げられた表面に手をかけた。


「冷たっ!」

突然の感覚に思わず手を引っ込めた。

突き刺さるような感覚が

手のひらにヒリヒリと残る。

手を当てるまで、

こんなに温度が低いだなんて

思いもしなかった。


「これ……氷?」

そう考えるほかなかった。

7月も終わりに近づいてるこの時期に、

人気のないこの林のなかで、

氷が溶けずに残ってるなんて

信じられないけど

そうとしか思えなかった。

痺れた手のひらを額に当てると、

にじみ出た汗が冷たくなった。

それにしても、このクリスタルは

雫の一つすら流してなければ、

蒸気すら出ていなかった。

それは自分が氷であることを

否定しようとする意志が

あるようにも感じられた。


表面にくっきりと映しだされた俺の顔は、

ペンで「私は焦っています」と

書いているかのようにくしゃくしゃだった。


そんな自分の顔をしばらく覗くうちに、

昼間に持った疑問がふと蘇ってきた。


「ーー氷ってさ、

その辺に放っておくと、溶けるよな?」

「それってあったかいとこでしか

起こらない現象だな、って思って」

「そう考えたら、逆に

氷が溶ける現象が普通に見えるって

ちょっとすごくない?」


適当に考えついたしか思えない

この疑問を、俺の頭は引っ張りだしてきた。

日光に照らされた氷は、

消え去るのが世の常なんだと思っていた。

でも目の前の氷は、

それを全否定するかのように、

堂々と構えていた。


「……当たり前じゃないんだな」


そう、俺はつぶやいた。

自分に言い聞かせるように。

そして、常識破りな氷に語りかけるように。


世の中って

当たり前なことばっかりだって思ってた。

昼休みにパンツ一丁で遊んだりすることも、

授業中に1時間以上も寝ちゃうことも、

全部当たり前だって、そう思ってた。


ーーじゃあ、当たり前ってなんなんだろう?


俺はそう問いかけようとしたとき、

自分を映し出していた鏡から

白い煙が吹き出した。

それはまるで俺の疑問に

返答するかのようにだった。

そして、磨き上げられた表面は、

たちまち平面を失い、

映っている俺の顔を

ぐにゃぐにゃに歪ませた。


「なあんだ、やっぱり溶けるんか」

小学生の俺にとって

抱えきれないほどの疑問は、

一瞬のうちに消えさってしまった。


 厄介な新しい謎を残して。

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