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とある男の手帳

21:36


目の前が凍りついている。

とても日本とは思えないほどだ。

寒い。

半袖のカッターなんて着るんじゃなかった。

違法停車している車が

冷凍庫に入れたかのように

氷づけになっている。

樹木の葉も風に揺られることなく

時が止まったかのようだ。


至る所で巨大な怪物に殴られかのような、

食いちぎらたかのような痕が刻まれている。

アスファルトも、ビルも

見る影も無くなってしまった。


また、どこかのビルの窓が壊された。

誰かが石を投げたわけでもないのに。


隠れる場所を探した。

うまく説明はできないが、

目に見えない何者かに襲われているようだ。

交差点では、

いつにないほどの人たちが、

見えない強襲に怯えて、入り乱れている。

殴り合いが起きている。

子どもが泣き叫んでいる。

信号なんて、誰も目を向けていない。



21:54


路地裏に来た。

ビルの合間を吹き抜ける風が

露出した皮膚を突き刺す。

周りを見る限り、損壊が見られない。

ここなら少しは耐えしのげるかもしれない。

私は、黄色のビールケースに腰を下ろした。

足首に窓の破片が突き刺さり、

血が靴下を染めていた。

不思議と痛みは感じなかった。

寒さで感覚がやられてしまったのだろうか。


横に転がっている男性がいた。

50代くらいだろうか、

髭を伸ばし放題にしている。


私は声をかけなかった。

あちらがそれを望んでいない

ように思えたからだ。


違う、正確には望むことすらできない

状態だったからだ。


みすぼらしい茶色のコートを着た男性は

天を仰いだまま、ピクリとも動かなかった。



一子(かずこ)一郎(いちろう)

君たちがこの手帳を見る頃には、

私はもしかしたらこの世にいないかもしれない。

ケータイが生きているなら

いますぐにでも君たちに連絡しただろう。

しかし、それも叶わない。


先ほどの交差点で気が付いたのだが、

電子機器という電子機器全てが

動かなくなっていた。

信号も電灯も街頭広告も、

そして手元にあるケータイも。


一子、君に謝っておかなければならない。

君を故郷に置いていってしまったことに。

一郎と二人で、あの田舎で暮らすのは

本当に苦労したことだろう。

私のワガママで、君に全てを押し付けてしまった。

本当に申し訳ない。


一郎にもあやまらないといけないな。

5年前、わたしが東京に

引っ越してしまってから

一度も会ってないんだもんな。

さみしかったよな。

ごめんな、本当に。


22:04


今、路地裏の入り口が破壊された。

誰が破壊したのかは

依然として分からないが

もう、時間がないみたいだ。


この手帳を拾った人に、

頼みたいことがある。

おこがましいとは重々承知しているが

しがない男の最期の願いとして

聞き入れてはもらえないだろうか。


もし、私の嫁と息子に

会うことがあったならば、

私は「氷上(ひがみ) 一善(かずよし)」は、

死んではいないと伝えてほしい。


これ以上迷惑かけたくないんだ。


そして、もし、できるのであれば、

彼らを守ってほしい。


彼らがこの目に見えない化け物たちに

会うことがないように、

彼らがこの東京に近づくことがないように、

見守ってほしいんだ。




頼む、一子、一郎。


生き抜いてくれ。


そして、いつか、私のーーー






そこで、男の筆跡は途切れていた。

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