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文芸同好会のトラッシュボックス  作者: 竹田 ゆき (Yuki Takeda)
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「学校」

 学校と言えば部活。部活と言えば女子マネ。

 彼女、藤田美咲はいつも大きな鞄を担いでいる。サッカー部のマネージャーをしているため、ソーイングキットや救急箱はもちろんのこと、ボールがパンクした時の修理用具一式まで持っている。彼女がいつも担いでいる鞄の中身は亜空間とつながっているという根も葉もない噂が立つほど、彼女は色々な物を持っている。

「よし、お前ら休憩だ!」

「「うぃーっす」」

 ジャージ姿のコーチが叫んだ。

「はい、みなさん。お疲れ様ですっ」

 美咲がスポーツドリンクを持って来た。部活中はジャージ姿だが、大きな胸と汗ばんだ健康的な肌、そして蒸れた少女の臭いは独特の色気を醸し出している。彼女は学校でも人気が高く、美咲目当てでサッカー部に入部する輩も多い。俺もその一人だ。

「美咲ちゃん、今日はクーラーボックス持って来たんだ」

 キャプテンが悠々と話しかける。

「はい! キンキンに冷えた飲み物を用意しました!」

 彼女が言うとおり、渡されたスポーツドリンクは良く冷えていた。炎天下の中冷えた飲み物はありがたい。

心の中で感謝しながら缶のプルトップを開けると、なぜか中身が爆発した。

「あははは、引っかかったー」

 けらけらと鈴のような笑い声が上がる。甘い液体でずぶ濡れの俺が面白いのか。

「美咲……」

「きゃー」

 楽しそうに笑いながら走り去る美咲。彼女は俺にだけいたずらをする。なぜだ?

「おい美咲ぃ! 儂にも何か用意せんか!」

「はい、すぐ行きまーす」

 クーラーボックスを担いだまま器用に方向転換し、コーチのところへ向かって行った。

「とりあえずカクテルとビールを用意したんですけど、どっちがいいですか?」

 遠くからそんな声が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをしておこう。




 この日は特に何もなく、夕暮れになって部活は終わった。一年生である俺達は道具の片付けやら部室の片付けやらでいつも帰るのが遅くなる。先輩方も同じことをしたらしいし、部活の伝統だと思って諦めよう。

「おっつかれさまでしたー」

 マネージャーの仕事を終えた美咲が帰って行った。そういえば、俺は彼女のことをほとんど知らないな。

……後をつけてみるか。


 彼女の後をつけると、非常に面白いことになった。コーヒー豆を切らして困っている喫茶店のマスターにコーヒー豆が入った缶を渡し、酒の買い出しに行かされたヤクザのパシリに、酒を一升瓶ごと差し上げた。彼女は困っている人に対して的確に欲しいものを渡していたのだ。

「あいつ、何者だよ」

 そうつぶやきながら後を追いかける。すると、彼女は大きな門をくぐっていった。赤い色をした鳥居のような門で、厳格な雰囲気を纏っていた。そこは

「……東大?」

 そこは、東大の赤門だった。厳かな雰囲気を醸し出すその門を、彼女はくぐっていった。美咲には東大に通う兄弟はいないはずで、もちろん東大に用事があるなんて思えない。

 行くか、行かざるか。

「……よし、行ってみよう」

 東大とはいえ、学校だ。鬼や蛇が出るわけではないだろうし、いざとなったら逃げるだけだ。

「おお美咲ちゃん。よく来たな」

 そこには、美咲に声をかける青年がいた。顔の下半分を布で覆っているため表情は分からないが、ヘルメットをかぶりゲバ棒を担いだそれは、見るからに普通の人間ではない。

「美咲ちゃん?」

「美咲ちゃんが来た?」

 青年と同じような姿がわらわらと寄ってきた。

「美咲ちゃんが来たのなら百人力だろう。これでファシストに溺れる豚どもに共産主義の鉄槌を下すことができる」

「あはは。私にそんな力はないですよー」

 思いだした。彼らは東大赤軍だ。共産主義を崇拝し、力によって世界を変えようと目論む過激派テロ集団。

「美咲ちゃん、頼んだものはできたかい」

「うん。これだよね」

 彼女はクーラーボックスの中から一本の瓶を取りだした。不思議なことに、その瓶の飲み口には紐がついていた。

「私特製のモロトフカクテルです!」

「おお! 良くやった」

 美咲は頭を撫でられて嬉しそうだ。しかしモロトフカクテルって何だ。酒なのか?

「ところで、おい、そこのお前! 何をしている!」

「やっば……っ」

 見つかった。学校とはいえ、こんな人たちに捕まったら何をされるか分からない。

「待って、梶君!」

 逃げ出そうとした足が美咲の声で止まる。

「美咲、こいつは知り合いなのか」

「うん。部活で一緒なんだ」

「そうか……」

 ヘルメットの青年はしばらく考え込んだ後、俺の方へやって来た。

「貴様、ちょっと来い」


 彼らに連行されてやって来たのは、東大の講堂前広場だった。そこには同じヘルメットがたくさんいて、彼らと向かい合うように機動隊が列をなしていた。

「よしお前ら、カクテルは持ったか?」

 ヘルメット姿は皆、右手に紐つきの瓶を持っていた。

「着火用意!」

 瓶の紐に、火が灯された。

「放てー」

 彼らは一斉に火のついた瓶を講堂へ向けて投げ入れた。地面にたたきつけられ割れたそれは、中身の液体をまき散らしながら燃えていった。

 轟音を鳴らしながら、辺りに火の手が巻き上がる。

「さすが美咲ちゃん。ここまでの威力だとは」

 ヘルメットの一人が呟いた。

「美咲ちゃんの作る火炎瓶は最高だな」

「おい、火炎瓶じゃなくて、モロトフカクテルだろ」

 あのカクテルって、火炎瓶のことだったんだ……。

「よし、お前も投げ入れろ」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんで俺がこんな事をしなくちゃいけないんですか!」

「これは、俺達の宿命なのだ」

 男が堂々たる意志を持って言葉を放った。

「何人たりとも、邪魔などさせぬ」

 その大きな体を揺らし、俺に向かって歩みを進めた。

「貴様のちっぽけな意思など、我らの障害にすらならん!」

 気が付くと、男は俺の胸倉を掴み俺に向かって叫んでいた。

「貴様も共犯者になってもらおう。でなければ死ね」

 テロリストの思考回路はよく分からない。でも、このままだと俺は死んでしまうだろう。

「さあ、早く投げ入れろ」

 俺の手に火のついたモロトフカクテルが握られる。湿った導火線は火に侵食され、俺の命の残量を示しているようだ。

「く……っ」

 意を決して投げ入れるべきか。そう思った矢先、いきなりモロトフカクテルが手から離れた。

 美咲だ。

 美咲が俺の手からモロトフカクテルを奪い、放り投げた。宙に浮いたそれは勢いよく地面に叩き付けられ、燃えさかる炎となった。

「美咲」

「ばかっ!」

 俺の言葉は、彼女の叫び声にかき消される。

「ばかっ、ばかばか! どうして早く投げないの!」

 俺の胸をぽかぽかと叩きながら泣きじゃくる美咲。

「あたし、梶君が犯罪者になるのもやだけど、死んじゃうのはもっとやなんだよ!」

 べそをかきながらも、言葉を紡いでいく彼女。その姿は痛々しく、罪悪感を負ってしまう。

「な、なあ。どうして俺にかまうんだ?」

「どうして、って」

 俯いたまま彼女は鼻をすすり、答えた。

「だって、あたし梶君のこと好きだもん」

「へ?」

 予想すらしていなかった言葉に耳を疑う。

「あたし、梶君のこと好き! だからこんなところで死んでほしくないの!」

 顔を上げ、大きな声で告白される。 その瞳は涙で赤く腫れ、頬を伝う涙は乾ききらぬまま滴っていた。決して美しいとはいえないが、俺には彼女が、美咲が世界で一番可愛いと思ってしまった。

「レギュラーを目指して頑張っているところが好き! ちょっとお馬鹿なところが好き! 友達と楽しそうに笑う顔が好き! たまに優しいところが好き!」

「美咲……」

 火と怒涛で囲まれた中、俺達はキスをした。美咲の唇はほんのりと甘く、涙の塩味と混じり感じたことのない感触に包まれた。

柔らかいものを通じて、俺達は一つになった。




「おい美咲ぃ! 儂にも何か用意せんか!」

「はいただいまー」

 あの日から、俺達は付き合うことになった。といっても、何かが変わるわけではない。俺は今でも美咲のいたずらに引っかかるし、夕暮れになって部活が終わっても片付けや掃除をしなくてはいけない。

「ねえねえ、まだー?」

 マネージャーの仕事を終えた美咲がやって来た。

「もうすぐ終わる」

「はーい。じゃあおとなしく待ってまーす」

 変わったことと言えば、美咲は大きな鞄を持ち歩かなくなった。俺の隣で歩くときに邪魔になるから、と言っていた。

 それと、彼女は東大赤軍から除隊させられた。俺からモロトフカクテルを奪い取ったのがいけなかったらしい。

 彼女は元々、アルバイト感覚でモロトフカクテルをはじめとした様々なものを作っていたそうだ。しかし東大赤軍の過激な思想に嫌気がさし、何度も辞めようと思っていた、と。だから、俺のせいで除隊させられたことはかえって良かったのだと。でも、俺は彼女の言うことを全て信じたわけではない。俺は彼女の人生を狂わせたのだ。だから俺は、美咲のことを大切にしようと思う。これですべて解決するとは思っていないが、せめてもの罪滅ぼしとして。

「よし、これで終わり」

 磨かれたサッカーボールを籠に入れ、蓋を閉じた。

「もー梶君。 遅いよ」

「ごめんごめん。コンビニで奢るから許して」

「あたしハーゲンダッツ食べたい」

「……よし、奢ってやる」

「やった! じゃ、早く行こ!」

 俺を引っ張る彼女の小さい手に幸せを感じながら、夕焼けの街へと駆けていく。

『学校』 完


 この物語はフィクションです。実際の団体や組織とは一切関係ありません。 (言い訳)

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