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文芸同好会のトラッシュボックス  作者: 竹田 ゆき (Yuki Takeda)
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「家電」

文芸部の皆さまから「家電」という課題をいただいたので、書きました。


しかし、何故に家電……?

家電の町


 見渡す限りの白。きれいに舗装された大きな道の真ん中に彼女は立っていた。


「……まぶしいね、ハナ」


 彼女の傍に立っている、半透明の少年が言う。


「……うん」


 ハナと呼ばれた少女が、気怠そうに答える。


 彼女の名は華蟷螂。黄緑色のワンピース姿の女の子で、空を仰ぎながらアルミ缶に入ったジュースを飲んでいた。彼女がこくん、こくんと小さな喉を鳴らすたびに、白みがかった桃色の髪が揺れる。


 隣にいる少年は白い装束姿で、少し長めの茶髪に大人の男性として成長中といった顔つきをしている。そして彼は全身が半透明だった。


「でも、なんでこんなに白物家電が道端に放置されてるんだろ」


 目がくらむほどの白色は、降り積もった雪でもコンクリートでもない。


 冷蔵庫、冷蔵庫、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機、冷蔵庫。

白物家電の山が道を挟んで脈となっていた。


「ああ、そこのお嬢ちゃん。この町は初めてかい?」


 小洒落たファンシーショップの壁にもたれていた、汚い骸骨のような男が声をかけた。ホームレスだろうか、空き缶が入った透明の袋を引きずっている。


「この町は環境に厳しくてさ、フトンガスっていうのかね? それが出る原因になる冷蔵庫とかを使ったらダメだっていう決まりがついこないだできてさ」

「フロンガスのことだね」

 少年が訂正する。


「で、捨てるのもお金がかかるし、買い替えるのもお金がかかるってもんでみんなあちこちに捨ててるんさ。電子レンジを持っているのは法律違反だけど、物を好きなところに捨てるのは法律違反じゃないってさ」


「ふうん」

 こきゅん、と喉を鳴らしながら、彼女は言った。


「そうなの。ありがとう」

 その手に持ったアルミ缶を道に投げ捨てる。


「へへっ、まいどあり」

 汚い骸骨は、それをいそいそと袋に詰めた。


「で、ハナはこれからどうするのさ」

 半透明の少年が問う。


「ひとまず、情報収集ね」

「どこ行く?」

「図書館」





 二人は町の大きな図書館にたどり着いた。ピンク色のパステルカラーをした外壁に、広めな駐車場。し

かし中に人はいない。司書の人がいるだけだ。


「あっつー。えっと、何か、お探しですかー」

 やる気のなさそうな司書のエプロンを着た男の人が、ぱたぱたと下敷きで自分自身をあおぐ。


「調べものがある」

 凛とした態度で、華蟷螂は答える。


「別にいいんですけどー。……でもここ、そろそろ危ないと思いますよー」

「ん? どういうこと」


 少年が確認する前に、バン、と大きな音を立てて沢山の人々が図書館の中にやってくる。彼らは手にプラカードや鉄パイプを掲げており、一番前には横断幕を掲げた子供たちがてとてと歩いている。横断幕には『人々の生活を守れ!』だの『国民を忘れた政府に未来はない』なんて言葉が勢いよく書かれており、折り鶴や人々が手を取り合っているイラストなんかも描かれていた。


「我々は、国民の生活を守る者達だ!」


「「おおーっ!」」


 リーダーと思われる、安全第一のヘルメットをかぶった中年の男が拡声器をもって叫ぶ。その後、おた

まやフライパンを持った女性たちが声をハモらせ叫ぶ。


「はい、分かっております」

 先ほどのやる気のなさとは一変、その司書は丁寧にそう答えた。

「ふむ。分かっておればよい。政府なぞに屈するでないぞ」

「はい」


 そんな会話が何回か交わされると、集団は図書館を出て行った。


「はあー、だりい」

 やる気のない顔に戻る司書。


「何だったんだこれ」

 華蟷螂は尋ねる。


「え、ああ。なんかデモ集団らしいよ。政府に対抗するんだー、だって」

 彼はやる気のない顔に少し笑みを浮かべ、言い放つ。

「中央広場に言ってみるといいよ。面白いことが起きるから」





「国民に自由をー」


「子供たちに愛をー」


 司書の男が言っていた中央広場には、数々の人が集まっていた。老若男女、様々な人がプラカード、横断幕、金属バット、木材、と色々な物を手に、冷蔵庫や洗濯機といった白物家電の山の上から叫んでいた、もとい吠えていた。


「なんだ、これ?」

 半透明の青年がぼやく。


「デモ活動、でしょ」

 その人々を横目に見ながら、華蟷螂が答える。


「国王は、国民の声に耳を貸すつもりはない!」


「俺達の怒りが聞こえない!」


「国王を出せ!」


「「国王を出せ!」」


 目の前の大きな建物に向かって人々は問いかける。「国王を出せ」なんて暑苦しいコールが広場に響く。


「ふあぁ、皆さん熱いですねー」

 少年がぼやいたその時、彼らが睨んでいた目の前の建物から一人の男が護衛を連れて出て来た。二十歳くらいだろう。若々しい顔つきをしていたが皺や白髪が少し目立つ男で、重そうな頭の冠と目元の大きな隈が彼の多忙さと尊厳を示していた。彼の目には強い意志が宿っており、一国の主にふさわしい雰囲気を漂わせている。


「国民を考えない愚王め!」


「貴様らだけが得をする!」


「×××××!」


「×××××!」


 徐々にヒートアップする場。もはやデモという抗議活動ではなく、単なる罵声を浴びせるだけの場所になっている。


それを見た王は目元を歪ませ、悲しそうな顔をする。そしておもむろに片手を挙げ――




パン!




 彼の後ろに立っていた護衛の男が、手に持ったライフルを撃った。その弾は集団のリーダーの脇を通り、半透明の少年をすり抜け、汚い骸骨のような男に命中した。こめかみから血が吹き、彼は本物の骸となった。


「うわああああ!」


「きゃああああ!」


 そこから先は、地獄絵図だった。その死体を見て失神する者、パニックに陥り逃げまどう者。そして手に取った武器を振るう者。武器を持ち国王に向かった者は、発砲の乾いた音と共に鮮血の華を舞い散らせながら倒れてゆく。


「このう、てめえのせいだ。てめえのせいだ」


 ひゅう、ひゅう、と息を荒げながら、華蟷螂の前に一人の青年が立つ。体を震わせ口から涎を垂らし、

血走った両眼に狂気を浮かばせている。


「このう、死ね、死ね!」


 小さな冷蔵庫を両手で振り回す。丸くて愛らしい形をした家電だが、当たると頭蓋骨くらいは砕けそう

だ。


「はあ。私が何をしたっていうのよ」


 華蟷螂はため息をつき、その攻撃を後ろに飛んで避ける。


「はああ!」

 その男がそれを振り上げた瞬間、彼女は背中の袋から飛び出た棒を手に取る。


「ぐわあ!」

 その男がそれを振り下ろした瞬間、彼女の姿はもう無かった。代わりに、斜めに切り裂かれた彼の上半

身が勢いのまま崩れ去る。


「……また、殺してしまった」


 華蟷螂は死体となったそれを見下ろしながら、悲しそうに言う。その手には、彼女の背丈よりも大きな大鎌が握られていた。


「今のは仕方がないよ」

 励ます、半透明の少年。

「悲しんでいる暇はないよ。それより早くここから逃げなきゃ」





 月明かりの下、砂漠の真ん中。パチパチと散らす火の前で一人の少女と半透明の少年が並んで座っていた。


「ねえ」


「うん?」


「さっきの町、環境のこと考えたらあんな暴動が起きた、ってこと?」


「まあそうだね」


「じゃあ、環境のことを放っておいたら良かったのかな」


「いや、もし環境のこと放っておいたら、今度は自称自然保護団体が騒ぐと思うよ。『我々の空を返

せ!』とか『国民の未来とジュゴンを守れ』なんて言って」


「ジュゴン?」


「ああそうか。君は知らないんだ。ジュゴンっていうのは、海に住んでる生き物。その泳ぐ姿は、人魚の

正体って言われている」


「え、人魚って、いないの?」


 悲しそうな顔をする少女。火の明かりに照らされた大きな瞳には、少しばかり涙が浮かんでいる。


「い、いや。人魚。い、いるんじゃないかなー。多分」


「本当!」


 涙を浮かべた瞳をきらきら輝かせながら、少年の方を見る少女。少年はそのまっすぐな目を直視できず、あさっての方向を見る。


「ほら、じゃあ寝なさい」


「うん!」

 寝袋にくるまり、安心した表情を見せる彼女。その姿はまるで、寝床で安心して眠る子猫のようだった。


 彼女が寝たことを確認し、彼はぽつり呟く。


「しかし、『環境』ねえ」


 誰に言うでもなく、彼は続ける。


「自分らの利益や勝手な正義感だけで環境保全だの何だの、馬鹿馬鹿しい」




家電の町 終


続きます。


多分!

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