みそっかす姫の侍女の報告
メイ=マーコムは子爵のへたれっぷりと裏切りをお嬢様に報告することにしました。
「よりによって悪魔の契約書に調印するなんて」お仕えするローラ=バッカス様は目の前で信じられない、と頭を抱えています。婚約書を「悪魔の契約書」と言い直すあたり悪意を感じますが、お嬢様には件の侯爵家ご子息と結婚する意思は微塵もないので、それは致し方のないことだと思います。意識を取り戻した旦那様は夢遊病のように侯爵子息様の持参した婚約書にサインしてしまわれました。何という裏切り行為でしょうか。
「今頃は奥様にこってりと絞られておいででしょう」
「一ヶ月は口を聞かないわ」
侍女の欲目と笑われてしまいますが、つん、と顔をそらす仕草は可愛らしいと思います。世間ではみそっかすと呼ばれているかもしれませんが、見る目のない方々の戯言のように思います。
「スチュワート様はお嬢様がお帰りになるまでお待ちになるそうですが、いかがなさいますか?」
「放っておけば、その内諦めて帰らないかしら?」
それは無理でしょうね、という言葉をメイはのみ込みます。旦那様は嘘が下手なので、スチュワート様にはとっくに嘘はばれていることでしょう。
「お嬢様、いい加減に諦めてはいかがでしょうか?」
「無理無理。苦手なのよ。無駄にキラキラしてるし、手紙だけでも甘ったるくて胸焼けしそうになったもの」
実物と同じ空気を吸えば鳥肌がたちそう、とローラ様が身震いするのを見てスチュワート様は報われないな、と思いました。
確かに旦那様もあの無駄にキラキラしたオーラにあてられて萎縮しておられました。実際対面すれば耐性のないお嬢様が押されて根負けする可能性の方が高いのです。恐るべし、侯爵家の美形遺伝子。
「とりあえず、引きこもっていつも通りやり過ごすわ。メイ、お母様に伝えておいてね」
ご心配ありません。奥様は旦那様と違ってお嬢様の意思を無視するなどというご無体はされないでしょう。引きこもりに日々磨きをかけるお嬢様を無理矢理引きずり出さないのも、お嬢様の気持ちに配慮してのことです。
問題は侯爵のご子息ですね。お嬢様の居留守にとっくに気づいている顔でした。何も起きなければ良いのですけどね。