みそっかす姫の母の心配
アリア=バッカスは夫であり子爵ミハエル=バッカスの軽率な行動を叱ることにしました。
目の前で子爵は捨てられた子犬のようにしゅん、と正座しておりますが、知ったことではありません。自分で蒔いた種です、自業自得なのです。涙目で見ても駄目なものは駄目ですよ。あまつさえ、あなた、先程侯爵ご子息の前で盛大に紅茶を吹いたそうではありませんか。マナー違反は子爵家の恥ですわ。
そもそも彼が娘のローラに断りなく小躍りしながら、侯爵家跡取りとの縁談を持ち帰らなければこのようなことにはなりませんでした。子細を聞いて、既に承諾してしまったとのことでしたので、今更お断りを入れようがありません。家格で劣る子爵家から断れば侯爵家の名誉を傷つけることになりかねません。
「大体、あなたはあの子の気持ちを考えたことがありますか?」
「私はあの子の幸せを思って…」ぐすっと半泣きになっていますが、知ったことではありません。
「あの子は平凡な幸せを望んでいるのです」
よりによって、真逆のキラキラなハイスペック…しかも侯爵家の跡取りが婚約者だなんて、冗談でも笑えない。彼を見る度に目がちかちかするのだ。
「これ以上、あの子が引きこもりに磨きをかけたらどうしてくれるんですか?」ただでさえ、まだ若いのに年頃の娘に似つかわしくない枯れた生活を送っているのだ。
「そんなことを言ってもどうしようもないじゃないか」ちらっと上目遣いで見つめてくる子爵をアリアは睨み付けた。25回も面会を断られているのに他に脇目も振らず通いつめてくるラルフの執念は確かに少々怖い。
娘ローラは親の欲目で可愛らしいが、世間ではみそっかすと呼ばれ、揶揄されているのをアリアも知っていた。自分達にとってはみそっかすでも真珠でも可愛い可愛い娘に違いないが、客観的に見て魅力的かと言われれば否だろう。
ローラの妹アレクシェルがラルフに初めて会ったとき夢中になったが、相手にしてもらえなかったらしい。それを聞き、アリアは頭を抱えた。正直言うと、望む者同士が結ばれた方が良かった。肝心のローラが望まない以上、このまま婚約を進めるのは気が引けたので、縁談が舞い込んだ時、ラルフが十六歳になるまで正式な婚約は結ばないことを条件で提示した。
「ローラの良さがわかるなんて、見所があると思わないか?」
「それはそうですが…」言いながら、アリアはこめかみを押さえた。だとしても、ローラ自身が認めない限り、望まざる婚約を進めることはできないのだ。
「あの子が望まない以上は賛成できませんわ」
つつっと子爵が視線を反らした。言いにくそうに口をもごもご動かして、信じられないことを口にした。
「実はしちゃったんだよねぇ、サイン」
この後、アリアの説教は二時間以上続き、子爵の足は痺れ、暫く立てなくなったが、それは別の話だ。