みそっかす姫の婚約者(仮)の悩み
ラルフ=スチュワートは今日も婚約者との面会をお断りされました。
バッカス邸に足を運ぶのはこれで25回目だ。その内1回も婚約者に会えないのは一体どういうことだろうか。ずずっと紅茶を啜りながら目の前で落ち着きなくうろうろする子爵に目を向けると全力で視線を反らされた。
ノックとともにいつもの侍女が入ってきて、子爵に向かって首を振り、合図を送る。この合図をラルフは前にも見たことがある。今日は「出掛けている」ということになったらしい。ローラが出掛けてないのは明らかであり、実際バッカス邸についた時にローラの部屋のある場所で遠目に動く赤毛の娘の姿を確認しているので居留守なのは明らかだ。
ローラの不在を告げる子爵の目が泳いでいたので、真実ではないのは確かだ。子爵に嘘は向いていないとラルフは思った。
さて、どうしたものかとラルフは思案した。
ローラがラルフとの婚約を望んでいないことはとっくに知っている。あからさまに避けられれば嫌でもわかるものだ。彼女が巷ではなんと呼ばれているかも耳に入っていた。手紙でも何度も遠回しかつ、はっきりとお断りされた。そのはっきりした物言いもラルフはかなり気に入っていた。
それとなく、執事にローラの理想について調べさせた。ローラは地味な普通の平凡な男がお好みらしい。そんな男がいるか、という突っ込みはおいておいて、彼女がラルフの容姿が気に入らないのが色好い返事をもらえない原因の一つだとわかって肩を落とした。顔は変えようがないから折れてもらえないだろうか。
何というか、一目ぼれだった。燃え盛るような赤毛、気の強そうな瞳、どれもこれもタイプだった。
実は幼い頃に一度だけ貴族の子供の集まりで彼女と会ったことがある。彼女は正義感に溢れる勇敢な女の子だった。いじめっ子に鮮やかに回しげりを入れた彼女に見とれた。手を差しのべて微笑んだ彼女に一瞬で落ちて、彼女にふさわしい男になりたいと思う一心で努力したのだ。
年頃になるとラルフは両親である侯爵夫妻に頼んだ。両親は快諾した。両親自身も恋愛結婚だ。
また、バッカス子爵は没落、貧乏貴族と言われているが、広大な領土と屈強な兵士の育成では有名だ。縁を結ぶには旨味があるらしい。
ラルフの母はローラの容姿を気に入ったらしく、未来の義娘を着飾ることを楽しみにしている。曰く、正統派美少女より素朴な田舎娘を可愛く飾り立てる方が楽しいらしい。早くお嫁に来ないかしらと手をわきわきさせる姿はちょっと怖かった。
子爵が盛大に紅茶を吹き出すのをぼんやりと眺めながら、ラルフは続けた。
「僕も16になりますので、ローラ様と正式に婚約をしたいと思っています。両親には許可を得ていますので署名を頂ければと」
ローラの両親、ローラの署名をもらえば婚約は正式に成立する。
子爵に両親の署名と自分の署名入りの婚約書を見せると、子爵は胃を押さえながら卒倒した。