みそっかす姫の兄の動揺
ネテロ=バッカスは窓から今にも飛び降りようとする妹を止めることにしました。
「お兄さま、メイ、離してちょうだい」
「妹よ、落ち着け!話せばわかる!そして、ここは三階だ」
妹の部屋から言い争う声が聞こえて入ってみれば、窓から飛び降りようとしているローラと止めようとしているメイを発見した。ローラがそこまで追い込まれてるとは思わなかったので、ネテロは慌てて取り押さえた次第なのである。
「いいか!早まるな」
「何を?」
「命を粗末にするな!」
「は?」
「ん?」
微妙に話が噛み合っていないことに気づいたローラは窓にかけていた手を外し、こちらを向いた。翡翠の目が驚いている。うん、兄の欲目だと言われようが、実の妹はやはり可愛い。本人が聞いたら激しく怒るだろうが、ぶさ可愛い。不憫な子ほど可愛いというが、真珠に例えられる中身が残念な姉妹と同様にみそっかすと呼ばれるローラをネテロは可愛がっていた。
「もしかして、お兄さまは何か勘違いされてるのではありませんか?」
「ローラがキラキラハイスペック侯爵ご子息から逃げるのに疲れて世を儚んで飛び降りようとしているように思ったが?」
違うのか、とネテロは尋ねる。
「ネテロ様、お嬢様は窓から向かいの木に飛び移って降りて馬で逃げようとされていたのですわ。それをお止めしていたのです」
メイがこめかみを押さえながら補足説明する。
「ローラ、確かにお前の運動能力なら可能だが。しかしだ」
なぜ、そのようなことになった。我が妹ながら思考が残念過ぎる。普通のご令嬢は窓からの逃亡なんてまず思い付かないし、実行しない。母アリアに見つかれば大目玉どころの話では済まない。
「そこまで嫌なら、いい機会だし、直接断ればいいじゃないか」
「ネテロ様、ローラ様は旦那様によく似ておいでです」
メイの言いたいことはネテロ自身にも当てはまることなので、よくわかった。
子爵は押しに弱い。母アリアとの馴れ初めも母の寄り切り勝ちと聞いている。家格、容姿ともに周囲からさんざん釣り合わないと言われた結婚を実現したのは母の子爵への深い愛と実家の圧力、根回しによるものが大きい。親父殿いわく、気づいたら母と結婚することになっていたのだと言う。
親父殿の遺伝子をより濃く受け継いだローラはきっと、侯爵家の縁談を断れないだろう。最終的に押し負けて婚約書に調印する妹の姿を思い浮かべて、またホロリと涙が出そうになった。最近、涙腺が脆くて困る。
「しかし、親父殿の血筋は恐ろしいな」
バッカス家の血筋には押しの強い変わり者(ただし、美形に限る)を引き付ける一種のフェロモンでも出てるのではないだろうか。或いはこの赤毛に人を魅了する効果でもあるのか。当人達は望んでいないのだが。
「だとしたら、迷惑きわまりないわ」
「だな」
ネテロは自分のはた迷惑な押し掛け婚約者の姿を思い浮かべながら渇いた笑いを浮かべた。ローラが可愛いのは自分と立場が重なるからかもしれない。




