みそっかす姫の姉の傍観
話は数刻前に遡りましてローラの姉ルル=バッカスはもくもくと食事を進めながら、ちらりと件の侯爵ご子息に目を向けました。
ルルは正直妹の仮初めの婚約者ラルフ様には毛ほどの興味もありませんでした。アレクシェルが隣で穴が開く程、うっとりと見とれておりますが、どこがいいのか全くわかりません。アレクシェル、そんなに見つめても腹は膨れませんよ。
あら、でも装飾品は素晴らしい物ばかりを身に付けてますわね。お召し物だけでも8万ゼダルは下らないでしょう。流石侯爵家のご子息様です。
「はち…」
目を輝かせて、ルルが思わず推定価格を口に出しそうになった時、お母様がメデューサのような形相でこちらを睨んできました。ルルはあまりの恐ろしさに目を反らしてスープに集中します。こほん、と父である子爵も咳払いして涙目で何事かを訴えてきます。
それにしても、このパサパサした草の歯ごたえ、粉っぽい喉越し、最初は激まずでしたが、食べれば食べる程病み付きになるから不思議ですね。
「ルル」仕事から帰ってきた兄が何やら生暖かい目でホロリと目尻に涙を浮かべていますが、気づかないふりをしてやりました。年の離れた兄は最近涙腺が脆くて難しいお年頃のようです。
「その…あー、ラルフ君。ローラは王都に用事で出ていて実は2、3日は戻らないんだよ」子爵が口元をナプキンで吹きながら、言いにくそうに切り出しました。あぁ、全身からもう帰ってよオーラが出ていますね。
「お戻りは2、3日後ですか」それは丁度いい、とラルフ様が嬉しそうに口にしました。ルル以外の顔ぶれが疑問符を浮かべます。
「何が丁度いいんですか?」兄が人当たりの良い笑顔でラルフ様に聞きました。
「実は両親もローラ様との正式な婚約に際して、ご挨拶に伺いたいとバッカス邸に向かっているのです」さらりと良い笑顔で侯爵ご子息は告げました。要約すると、もう逃がさないぞということらしいです。流石のローラもとうとう年貢の納め時が来たか、とルルは心の中で同情します。
ラルフ様の爆弾発言にげふっとお父様が噎せました。部屋の空気が一気に下がったのはきっと気のせいですね。お母様が無言で微笑みを称えていますが、目は全然笑っていません。そんなお母様の顔を見てお父様の魂が完全に抜けました。
「あら、随分急ですのね」お母様は扇子を広げて、ほほっと涼やかに笑いました。目は全然笑ってません。怖いですよ、お母様。
「えぇ、まぁ。僕も先程知らせを受けまして」急で申しわけありません、とラルフ様は爽やかな笑顔を浮かべました。
ルルはラルフ様の嘘に気づきました。ルルの記憶が確かなら、最初は訪問の際、事前に来訪日を打診する手紙が届いていたように思います。ローラとバッカス子爵家が何かと口裏を合わせ言い訳をつけて断り続けるので、とうとう予告なしに侯爵ご子息が訪問するようになったのは最近の話です。
あら、そうこうする内にいつの間にか食べる物がなくなり、お腹も膨れましたわ。となると、もうこちらに用はありませんね。
ローラと仮初めの婚約者の婚約を巡る仁義なき戦いには興味がありますが、これ以上ここにいると巻き込まれる可能性大です。
「ごちそうさまでした」
合掌。困惑する家族を尻目にルルは颯爽と食卓を後にすることを決意しました。