みそっかす姫の憂鬱
鏡に映る自分の姿…つり目、くせ毛の赤毛、低い鼻、細長いごぼうのような手足を眺めながら、子爵令嬢ローラ=バッカスは溜め息をついた。鼻の頭のそばかすは可愛くない。全体的に生意気かつ、こまっしゃくれた痩せこけた子供。
巷では自分がみそっかす姫と呼ばれていることをローラは知っていた。
姉妹でこうも違うものか。姉は正統派の美少女、妹は妖精のようなふわふわした容姿をしていた。二人は真珠姉妹と呼ばれ、どちらも母親譲りの美貌で将来が楽しみだと周囲は色めき立った。ローラが姉と妹と並ぶと大概使用人に間違われる。到底姉妹には見えないとのことだった。
ローラがそれを悟ったのは8才の時だった。母親は姉妹にお揃いのドレスを着せるのが趣味だった。それまでローラは自分のことは人並みに可愛いと思っていた。両親に連れられて夜会に参加した際、同い年のご令嬢に姉と妹と見比べられて「かわいそう」と笑われたのがきっかけで世間で自分がみそっかすだと噂されていることを知った。
この一件以来、ローラ=バッカスは早々に着飾ることをやめた。自分を着飾るためにお金をかけるだけ無駄だと早々に悟り、領地にひきこもることにしました。
これが意外に性分に合っていた。元々ドレスや宝石、きらびやかな物に興味がなかったローラは料理や刺繍や読書、庭いじりをして日々楽しく過ごした。
ひきこもると言っても将来的に何の特技もないままだと生活に困るのはわかっていた。危機感を感じたローラは両親に無理をいって優秀な家庭教師をつけてもらい、ある程度通用する教養と社交術も身につけた。
そんなローラには悩みがありました。
婚約者、ラルフ=スチュワート。二歳年上の侯爵家の跡取り息子だ。彼とローラは仮初めの婚約関係にある。
縁談はスチュワートの方から持ちかけられた。バッカス子爵はこれを手放しで喜んだ。家格もスチュワートの方がはるかに上だったし、没落寸前の子爵家にとって、侯爵家からの援助はありがたいものだった。ただ、ローラあての縁談ということに両親は首を捻った。両親はローラを愛していたが、舞い込む縁談はローラ以外の姉妹あてのものばかりだった。
本人に未だ会ったことはない。ラルフは両親に連れられて何度かバッカスの屋敷に来たことはあるが、その都度ローラは自室に引きこもり、直接顔を合わせることはなかった。
というか、徹底的に避けてきた。所詮は仮の婚約者だ。彼の耳にみそっかす姫の噂は入っているだろうし、直接会って余計なダメージは受けたくないのだ。ほっといても婚約の話はたち消えになるだろう。他の姉妹に目移りして、そちらと婚約してくれればローラとしては万々歳だ。地味な自分に未来の侯爵夫人など務まるわけがない。面倒事は他の姉妹に押し付けて、自分はひきこもるに限る。
「メイ、彼は今日も来てるの?」髪を解かしながらローラが後ろに立つ使用人のメイに聞くと、彼女は苦笑いした。
メイは男爵家の令嬢で行儀見習いに来ている。ローラとは年が近いこともあって、良き友人関係だ。
「一階の客間にいらしてますわ。ローラ様にお会いしたいと」
メイの話を聞いてローラは心の中でチッと舌打ちした。これで今日はこのフロアから一歩も出られないことが確定した。
「そう。お父様と口裏を合わせて、ローラは私用で外出していることにしておいて頂戴」
「いい加減、無理があると思いますよ?その言い訳は」
なら、ラルフにはいい加減諦めてほしい。彼は定期的にバッカス邸に足を運び、ローラとの面会を希望する。いや、もしかしたら他の姉妹に会いに来る口実として利用しているのかも、と期待した時期もあったが、メイによるとそんな気配は欠片もないらしい。
一度、口実として仮病を使ったこともあった。その時、お見舞いの手紙を添えたマーガレットの花束を贈られたことがある。内容の甘さに砂糖を吐き、本当に体調を崩しそうになった。容姿のことを差し引いても私と彼は馬が合いそうにない。というか、彼はもしや誰かと自分を勘違いしているのではなかろうか。
お礼の手紙を書いたことから、彼とは会わないまま、なんとなく文通が続いている。手紙でも口説いてくる彼を巧みに躱しながら、さりげなくふさわしくないことをお伝えするのだが、彼には全然伝わってないのが現状だ。
「いっそお会いしてはいかがですか?」
「それは無理というものよ」
そばにいるだけで鳥肌がたち胃に穴が開きそうだし、ローラは彼が苦手だった。
直接顔を合わせたことはないものの、遠目に見たラルフはいわゆるイケメンだった。噂では文武に優れ、勤勉、人望も厚いらしい。加えて侯爵家の跡取りというハイスペック男子だ。当然、ローラとの縁談の後もひっきりなしに令嬢からのアタックはやまなかった。彼は全てを断り続けているらしい。
「メイ、いい?うまい話には必ず裏があるものよ。騙されてはダメ」
「ラルフ様は真剣にローラ様をお慕いしているようでしたよ」
そんなはずはないし、そうだったとしても迷惑だ。自分はこの生活を気に入ってるのだから。