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日常3

トウキとの純愛を、邪魔しようとする障害をどうにかつぶすことに成功したカズト。だが、その直後に現れたのは、彼らよりももっと手ごわい、二人の「スクール」からの刺客。

え、ちょっと!俺のトウキとの甘い恋愛はどうなってしまうのさ!ハラハラドキドキの学園ラブコメ!日常3章目!


とか、言ってみると、なんかとってもほんわかしたものに聞こえるかもしれませんが、さて、どうなのでしょうか……。

顔の左半分が歪み、そして次の瞬間、近くの机にひどく背中を打ちつけた。

 それを、教師は、明王のような表情で見下ろしていた。

「これで……反省したか?」

 彼の目の前の教師は、そうつぶやいた。カズトの二つの眼球は、表面が真っ黒に染められていた。そして、彼は、教師を冷ややかに見つめていた。


 始まりは勿論、あの少女たちへの制裁だった。あの後、トウキに止められた後、彼らのもとに、教師たち――担任とテニス部顧問――がいつの間にか、近くに立っていた。そして、二人は、ただならぬ表情を浮かべ、その場にいる、カズト、二人の女子生徒、トウキを見ると、すぐに、担任が、加害者であるカズトを引っ張っていった。トウキを含めた、そのほかの生徒は、テニス部顧問によってその場で事情聴取を受けることになった。

 そして、カズトは、いつもの、見慣れた教室に連れて行かれた。毎日の、登校の終点、そして下校の始点である、彼のクラスの教室である。

教師は、カズトに「座れ」と声をかけた。彼は、手じかな椅子へ腰かける。担任は、教壇に立ち、堅く閉じた口をゆっくりと、ほぐすように開き、

「さて……どうしてこんなことをしたんだ?」

と、尋ねてきた。

 カズトは、一拍間を置くと、「気に食わなかったんです。」とだけ言った。その間に、彼は、次のようなことを考えていた。

――ここでこの教師に真実をありのまま伝えたところで、俺の現状が変わるわけではない。むしろ、トウキにいらぬ迷惑がかかる。それならば、こちらからは何も言わず、ただ、相手が講釈を垂れるのを聞いていればいいだろう――

 教師は、その彼の様子をしげしげと眺め、そして、

「本当のことを言え。」

と、ごつごつした両手を、ぽきぽきと鳴らしながら、言った。顔を見ると、彼のこめかみには、うっすらと青筋が浮き出ていた。

 本当のことを言わなければ、暴力に訴えるぞ、という脅しが、聞こえてきたかのように、カズトには感じられた。

 だが、カズトはそれに屈することも、我慢することもなかった。彼の瞳は、常に真っ黒であり、常に無頓着だった。

「彼らの口調が、とても耳障りでした。だから、黙らせようと思い、あのような行動をとりました。」

平坦な口調は、もう一度、そうつづける。何も覗くことのできない深淵が、その瞳にはあった。その姿は、

――ムシャクシャシテヤリマシタ――反省ハシテマセン――

と言っているかのようだった。

 教師は両手を握りしめ、口を堅く閉じ、彼の瞳をじっと見つめた。

 その姿を、マネキンのような感情の無い顔で、カズトは見下ろしていた。

 聞こえるのは、お互いの呼吸と、外で行われている、テニス部のボールを打ち合う音のみ。(もうトウキたちは解放されたのだろうか……。)そんなことを考えながら、思わず、ちらっとテニスコート側の窓――このクラスから見て南東の方角――を一瞥すると、その瞬間、担任は我慢できなくなったのか、

「こっちを見ろっ!!!」

と激昂し、教卓をたたいた。轟音が、教室内に反響する。もしかすると、職員室にさえ、届いたかもしれなかった。

 だが、カズトは、突然の轟音にも、右眉を、一寸上げただけで、別段どうと言うことも無いように、その担任を見た。この様子だけ見れば、どちらが大人なのかわかったものではなかった。

 そして、カズトの様子は、どこからどう見ても、教師の感情を逆なでしているとしか思えなかった。

 コツコツと、規則正しい歩調で、教師はカズトのもとへと歩いてきた。そして言う。

「どうせ、トウキのことなんだろ?」

 その瞬間、今まで何一つ無表情を変えなかったカズトが、一気に嫌そうな、不快な表情を露わにした。

 担任は、少し嬉しそうな表情を浮かべる。(ビンゴだ)などと思ったのかもしれない。だが、すぐに険しいものへと戻した。だが、少しは冷静さを取り戻したかのようだった。青筋が消えている。彼は口を開いた。

「お前のことは、職員室内でも知れ渡っている。別に、学力がどうとか、そういうわけじゃない。お前の学力はそこまで悪くない。体力は確かにないが、それも平均からして少し低い程度で、特別気にする必要はないんだ。

 問題は、お前のその態度や、学校生活についてなんだ。

 お前はどこか危うい。はた目から見てもわかるが、お前は何かをやらかすのに躊躇をしないように感じられる。〈何か〉というのは、具体的には、言いたくはないが、犯罪のことだ。それも極めて残忍なものだ。つまりは、必要とあらば、他人の人権剥奪も厭わないということだな。

 特に、最近はそれが顕著になってきている。最近、というのは、言い換えれば、〈お前がこのクラスに入ってから〉ということだ。

 言いたくはないがな、俺のせいではないか、と職員室内で思われていた時もあったんだ。

 だから、俺は独自に、お前のことを調べさせてもらった。調べると言っても、たいしたことではない。お前の学校生活を、普段よりも詳しく観察したり、お前の家での生活環境を、少し調べさせてもらったりしただけだ。もちろん、プライバシーは守っている。公的に入手できるものだけだ。マスメディアで誰でも得られる情報とか、その程度だよ。

 もちろん、それだけじゃ、俺はお前のことなんか、しることなんかできないと思っていた。だが、まさか、〈お前の家族が実質一人もいない〉なんて状況になっていたなんて……。そして、それが、新聞にも載るレベルの重大事件だったなんて……。俺だって知らなかった。」

「そこは関係ないじゃないですか。」

 まだ話したそうな、担任の話の腰を折り、カズトは無理やりその会話に割り込んだ。彼の顔には、今朝の、少年に向けたときのような、この上ない怒りが張り付いていた。

 それとは対照的に、担任の方は、顔が真っ青になっていた。最初の怒りの表情とは打って変わり、生気の大半を吸い取られたような、そんな表情。いつもより、二十年も年をとっているように見えた。

 だが、教師は、それでももう一度口を開く。

「そうだな。この話は今とは無関係だ。今回関係しているのは、〈お前の学校生活の調査結果〉だよ。

 いままで、俺は、調べれば調べるほど、〈お前が学校に来る理由〉がわからなかった。お前の今までの状況からすれば、お前が、ルールを一切重要視せず、自分の思いに準じて行動するのは、良くわかっていた。なにせ、法律すら無視するようなレベルだからな、校則なんぞすぐに破るに決まっている。」

 担任はカズトの顔をじっと見つめる。彼の表情は、もとのように、生気のある、険しいものへと戻っていた。カズトは、先ほどと同じように、怒りが顔を覆っていた。二人はまるで、決闘の前のガンマンのようだった。

「だが、お前は二年間、学校には皆勤している。そして、忘れ物すら一つもしない。ぱっと見るだけなら、普通の学生どころか、優等生と言うことすらできる。

 どうして、そこまで学校に固執するのか。今までそれがわからなかったが、ようやくわかったよ。

 お前、トウキのこと好きなんだろ?」

 その時、カズトは、着席している机を自分のこぶしで思い切りたたいた。

 担任同様、轟音が響く。

 だが、担任はそれに少しも頓着せず、そのまま話を続けた。

「お前が今まで行ってきた不法行為寸前の行動の数々も、少し調べてみれば、すべてトウキ関連だった。

〈トウキを侮辱した後首をシャーペンで刺されそうになった〉

〈トウキに暴力をふるいそうになったところ、コンパスで目をつぶされそうになった〉

〈技術の時間、トウキをある一つのグループに入れることになったとき、そのグループの、もう机に座っていた、トウキ以外のメンバーが露骨に嫌そうな表情をした。次の瞬間、トウキが座る前に、カッターナイフが机の上に刃が出た状態で投げいれられた〉……。

 大半が未遂ではあるものの、すべて発展すれば、猟奇的犯罪につながりかねないようなものだ。また、そうでなくとも、悪質ないじめ、と扱われてもおかしくない。だが、それでも、お前が実際に、罰を受けるほどの制裁をしないままにしたのは、単に、〈目に見えるような攻撃が実際になされてはいなかったからだ〉と俺は思っている。

 すべて、侮辱、暴力未遂、悪質ないじめ……。それに対して行われたのは、すべて〈脅迫〉。つまり、相手が目に見えるだけの危害を加えない限りは、お前は相手に、明らかな危害は加えない。それが、世間的に見て、〈目には目を、歯には歯を。〉と言うように公平であったかはわからないが、お前の基準からすれば、まさしく公平だったのだろう。実際、すべて、一人もけがをしていない時点で、何もなかった、と考えてもいいと思う。問題行動ではあるがな。

 そして、彼らも自分に非がある、ということがわかっていた。だから、主に自分から告げ口するようなやつは一人もいなかった。

 だが、今回だ。今回、お前は実際に危害を加えた。女子テニス部員二名に対し、足への暴行、および眼球への意図的な攻撃。二つ目は、トウキのおかげで、どうにか免れたし、お前も、あれは、普段とは違い、自分の怒りにまかせてやってしまったのだと思う。

 だが、その前の足への暴行は、確実に、事前に行うつもりがあったものだ、と俺は考えている。そこで、俺はお前に訊く。

 なぜ足を狙った?普通だったら、それよりも顔、腹の方が、バランスがとりやすいのに。

 いや、そうじゃない。むしろ、俺が今回訊きたいのは、どうしてお前が実際に危害を加えるに至ったか、と言うことだ。普段なら、警告で止める。なぜなんだ?」

 長い話は、ここで区切られた。カズトは、怒ると同時に、少し驚いていた。この教師は、自分のことを深く知っている……。それに気づいた時、彼は自分の気持ちを、素直に伝えてしまおうと、一瞬だけ思った。だが、それが、トウキに対して、いらぬ迷惑をかけてしまうということに気付いた。だから、彼は、伝えるのをやめた。

「先生には、関係のないことです。」

 彼は教師を拒絶した。

「すべて俺が悪い。そういうことでいいじゃないですか。停学処分辺りでどうにかなりますよ。俺の保護者は、先生の言った通り、実質いないようなものだ。俺がどうなろうと、誰にも迷惑はかからない。無論、あの女子生徒たちの前で、土下座しても構わない。けれど、俺は、反省はしていません。ええ、そうです。先生の言った通りですよ。トウキに対して危害を加えるなら、若しくはそれに準じる行為を行うなら、警告も、報復も厭わない。俺は、そう決めたんです。

 トウキを脅かすものは、決して許しません。何が何でもやってやります。その点について、俺は自分の主張を変えるつもりはないです。」


 そして、この章は冒頭へと戻る。

 カズトは何が起きたのか、分かっていた。そして、何が起こるのかさえ、最初から、何となく理解していた。

 担任は、何が起こったのか、後になって気がついた。そして、自分の身体が、怒りに震えていることにも気がついた。次に感じたのは、後悔だった。自分のつぶやきが、今までの、カズトに対する歩み寄りを、すべてぶち壊してしまったことに、気付いた。

「反省は、してません。」

カズトは、床に転がったまま、痛みにうずくまったまま、ずきずき痛む頬に手をあったまま、担任に声をかける。

「お前らは、真っ黒だ。」

 カズトの口調は、変わっていた。

「お前らは真っ黒だ。そして、殆どすべてが真っ黒だ。汚らしい。最初、お前は言っていたじゃないか。」

 彼は一拍置く。そして言う。

「〈言いたくはないがな、俺のせいではないか、と職員室内で思われていた時もあったんだ。〉

 結局、お前はお前の保身のために、俺を調べて、俺を自分の思い通りに動く、人形を作りたかっただけなんだろ?善人面するな。そんなことをしたって、化けの皮なんてすぐにはがれるんだよ。お前の心の中に、明るい、優しい光なんて存在しない。お前の中にあるのは、誘蛾灯のようなものだ。自分のいらないものを、焼いているだけ。偽善の光だ。そんなものに、俺が導かれたりはしない。

 暗闇よりも暗い光に、俺はひょこひょこついては行かない。」

 もう、やってしまったのなら、徹底的にやってしまおうと思ったのだろうか。その教師は、カズトに近づいてきた。そして、大の大人は、子供を教え、導くはずのそいつは、カズトの前で、足を振り上げようとする。

「やめとけよ。」

 カズトは、続けた。教師の足は、止まる。

「これ以上、体罰を行ったら、お前の人生、まっさかさまだ。謹慎ぐらいじゃ済まない。それでもいいのか?」

 少しの静寂。その後、先ほどまで善人面ばかりしていた男から、すすり泣きが聞こえてくる。

「お前が悪いんだ……。」

 カズトは、最初のような、じとっとした目で男を見る。いや、最初以上に、彼はその男を見下していた。

「お前が、悪いんだ!今まではうまく言っていたのに、お前のせいで、俺はほかの教師たちから蔑んだ目で見られ、評価が落ちて、もう泥沼だ!うまく言ってたのに!お前のせいで、お前のせいでええええ!!!!」

 再び激昂した彼は、しゃがみ込み、子供の様に、大きな泣き声を上げた。

 カズトは、痛みを我慢しながら、ゆっくりと立ち上がり、その男を見下ろした。今度は、哀れだとも思わず、蔑んでもいなかった。ただ単純に、普段の無関心を、その瞳に浮かべ、そして言う。

「結局、お前なんかじゃ、俺は心を開くことなんてできなかったんだ。」

 彼は、心の中で続ける。

――俺が心を開けるのは、トウキと部長だけだ――


 とりあえず、すぐに保健室に向かった。未だ号泣する声が聞こえるが、どうでも良かった。すぐにほかの教師が駆けつけるだろう、とカズトは思った。

 カズトのクラスの教室と、保健室はひどく離れている。普段は特に気にすることもなかったが、このように有事の際は、そう感じられることが多々あった。

 歯を食いしばりながら痛みを我慢し、ゆっくりと、目的地へと歩を進める。教室は二階で、保健室は一階。それも、前者は南校舎で、後者は北校舎である。階段と距離によって、苦痛は耐えられないものとなりつつあったが、彼は、決して泣かないように、じっと耐えていた。

 そして、やっと保健室に着いた、と思ったその時、眼前の戸の向こう側から、嗚咽交じりの声が聞こえてきた。

「あいつ、私たちのこと、躊躇なく、蹴ったんですよ!もう、気違いとしか、言いようが、ないですよ!」

「ほんとうです!わたし、あいつの、かお、見たんですけど、もう、やばいんです!ひとを、ころすも、できるような、そんな、表情を、浮かべていて!」

「怖いわね……。まったく、何であんな子が、この普通の学校にいるのかしら。全く危険極まりないわ。」

 どうやら、最後の発言は女子テニス部の顧問のものらしい。養護教諭はいないようだ。

 気にせず、彼は戸を開けた。

 彼は、中に、話している三人だけがいるとばかり思っていた。けれど、そうではなかった。そこには、顧問の使い走りをやらされている、トウキの姿があった。彼女の治療の方は、まだ行っていない様子なのに、なぜか、二人の女生徒のけがの方を優先させられている。それも、けが人であるトウキに、その治療をさせ、その教師は、自分のスマートフォンでゲームをしていた。

「おい、お前。」

 痛みも忘れて、カズトはすぐにその教師のもとへ行く。教師は、カズトの様子に、絶句していた。

「なんでお前は、トウキにすべてやらせてんだよ。お前がやるんじゃねえのかよ!けが人に何をやらせてんだよ!勤務中に遊んでんじゃねえぞ!」

 彼はその女に激昂する。そいつは、泣きそうな様子になりながらも、すぐに高慢ちきな微笑みを浮かべ、

「何言ってるの?なぜ教師が不良の生徒のために尽くさなければならないのよ。私はあなたたちよりも偉いのよ。」

「そうかよ。」

 カズトは先ほど二人の部員に向けた、異常にとがった鉛筆を取り出すと、即座にそれを彼女の首元にあてた。

「今すぐ仕事をしろ。さもないと、この鉛筆がお前の肌を切るぞ?」

結局、カズトの警告は、再度、トウキに止められたが、その教師は青ざめた表情で、カズトを含めた四人の生徒の応急処置を行った。

 

 そして、翌日早朝。カズトの停学が、電話で本人に伝えられた。


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