表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

日常2-2

日常2-1の続きです。

カズトは、トウキからの告白を、どのように返答するのでしょうか。少し、展開が速いかもしれませんが、寛容な心でお読みいただけるとありがたいです。

 彼女の瞳が少し揺れた。先ほどまで、トウキの自分に対する気持ちをもっとも気にしていたカズトは、今になってはそんな考えよりも、彼女に対する後悔の方が大きかった。

 どれほど勇気を振り絞ったのだろう。おそらく、自分に話しかけること自体、本当に大変なことだったのだろう。あきらめようと思った時もあったに違いない。普通という言葉からは程遠いどころか、逸脱しているほどの自分だ。そんな奴と一緒にいたら、噂になってもおかしくない。彼女の評判だって、落ちてしまうだろう。それでも、頑張って、ともに帰宅するところまでいったのに。

それなのに、そんな彼女の、自分の心に鞭を打ってでも行った挑戦を、自分は、まるで気付いていないかのように装い、彼女にもっとひどいダメージを与えてしまった。

(馬鹿だ。俺は馬鹿だ。)カズトは、自分の行動を呪った。足元の影が、まるでカズトの足をつかんでいるかのように、彼の歩は止まっていた。

「ごめん。」

 カズトはまずそう言った。そして続ける。

「君の気持ちに気付いていたのに、試すような真似して、ごめん。」

 本当なら、最初の時に、朝の時間帯に彼から切り出すべきだったのだ。それを、自分の愚かさや、弱さを理由にして、自分は全く傷つかないように、「美味しいとこどり」をしようと、このような行動をとった。

 今度は間違えない。今度は、決して彼女に、嘘を吐かない。知っていることを、知らないふりなんか、しない。

 だから、今度こそ。カズトの口は、今度こそ嘘を騙らず、真実を語る。

「勿論、俺も、トウキのことが」

その瞬間、一陣の強風が、二人の間を抜けていった。

 トウキのロングスカートが大きくはためき、大腿のあたりが少し見えてしまう。彼女はタイツなどは履いていなかったため、素肌がカズトの視界に移る。

 そのとき、カズトの頭を駆け巡った感情は、罪悪感でも、興奮でもなく、困惑だった。

 そこには、足跡が付いていた。大体が赤いが、一部黒ずんだ跡になっている。彼女はぱっと前方を抑えると、

「見ちゃった?」

と恥ずかしそうに、だがしかし少々芝居がかった口調で言った。

 沈黙が、明るい光を遮り、二人の間に暗いオーラを漂わせる。それと同時に、カズトの暗い瞳の中に、一瞬赤い光が映った。

「どういうことだ……。」

 カズトは、怒りをあらわにして問い詰める。トウキが悪くないことはわかっていたが、その場では、その跡について話できるのは、被害者の彼女しかいなかった。

 彼女は、少し怯えたような顔を見せた。だが、すぐに笑顔を作った。

「まったく。思春期なのはわかるけれど、その手のことを女子に尋ねるのはどうかと思うわよ。」

 だが、普通の男子生徒なら、少し質問をためらうかもしれないその質問は、彼の耳を素通りする。

「答えてくれ。その跡は何だ。誰がやった。」

 いつにもまして強い口調ではあったが、トウキはそれに対し、何も返答しなかった。ただ、悲しげな瞳を浮かべて、微笑み続ける。また一陣の風が吹いた。今度は風力がさほど強くはなかったものの、それは彼女の髪をなびかせた。

 木のこすれる音が聞こえる。木の妖精が沈黙を管理しているようだった。そして、その音がやんだ瞬間、彼は不可解な音を耳にする。

パコーン。

 ボールが当たる音だ。それも、野球ボールのように固いものではない。中は空洞になっており、それを専用のラケットで打ち合って遊ぶスポーツ。確か、今日もそのスポーツの話をしたはずだ。それ自体は別段不可解ではないが、ただ、今日それが行われていることが、とても不可解だった。

少年は目の前の少女の顔を覗く。そこには、少々青ざめた、けれど未だに笑顔を絶やさない、そんな痛々しい表情があった。

彼女の心に、これ以上傷を与えないと約束した。その約束は、カズトが一方的に、しかも心の中で決めたことではあったけれど、それでも、彼女と一緒にいる間は、それを守ると決めた。

だが、この度、彼、カズトは再度それを破る。彼女の心を傷つけ、彼女の配慮を踏みにじる。

彼女を傷つけた、「復讐」という名の自己満足を達成させるために。

「テニス部か?」

 彼女に訊いた。勿論彼女は反応しなかったが、彼女の瞳はこれ以上ないほどに潤んでいた。もうその笑顔は歪みきっていて、正直泣きっ面と言っても過言ではない。それは笑顔とは到底言えないものだった。

 こんな表情にしたのは、間違いなく自分だ。

 カズトはそのことを知っていた。たとえ彼女にひどい傷を負わせたやつを制裁するためであったとしても、それを行うために、彼女の心をえぐってまで情報収集をしたのだから、そいつらよりも、自分の方が絶対に悪だ。

 数秒経っても、彼女は答えなかった。突然現れた積雲が、太陽を隠し、明度が少し落ちる。いや、もしかすると積乱雲かもしれない。

(できることなら、俺が戻ってきたときに、俺に雷を落としてほしい。)

彼はそう思った。そして、彼女に言った。

「君には、何度言ったらいいかわからない。いままで、たくさんのことを君に対してしてきた。君を困らせ、悲しませてきた。だから、こんな一言じゃ、何も清算できないと思うけれど、むしろ、君をまた、悲しませるだけかもしれないけれど、ただ、俺の自己満足として、言っておこうと思う。」

「ごめん、そして大好きだ。」


 彼は走った。彼女が後ろから追っかけてくるかもしれない、ということはわかっていた。そもそも彼の足の速さは、彼女より遅い。ならば、彼ができる唯一のことは、すぐに情報収集をして、彼女を傷つけた生徒を制裁するだけだった。

 正直、それは不可能に近いように思えた。彼女に止められる前に、カズトがそれを行える可能性は、ほぼない。だが、それでも。

自分のしたいことをするだけだ、と彼は思った。

再度校門へと行きつく。文化部故、体力がないせいで息は荒く、正直いつもなら「もうだめ、立てない……。」とか言うほどであったが、今日は目的があったため、そんなことは言っていられなかった。

 テニス部の部室は、北校舎の前にある。彼は、いつも放課後、北門から帰っていた。つまり、門からその部室は、すぐそこだった。

 だが、ここでもう一度確認しなければならないことがある。それは、現在テニス部は、部活動中、ということである。浅はかな考えでここまで来てしまったが、この後どうしよう。どうにもこうにも、まずはテニス部の部室に向かうしかなかった。

 木の戸が閉まっていた。だが、鍵は開いている。近くに一年生の昇降口があった。周りに教師はいない。夏休み前なので、どいつもいろいろな仕事が立て込んでいるのだろう。

 さて、どうするか。彼は戸の前で考えていると、突然その中から笑い声が聞こえた。

「今日来ないのってあれじゃない?多分あのチショウと一緒にいるんでしょ。」

「そうそう、聞いた?今日、あいつ教室でチショウといちゃいちゃしてたんだって!きっもー。やっぱ頭が逝っちゃってる同士、仲がいいのかなあ。」

 下品な笑い声が聞こえた。ビンゴだろうと、彼は思った。背中の通学バックに右手を器用に突っこみ、中から筆箱を取り出す。その中にあったのは、10本ぐらいの鉛筆だった。

 それも、当世風な削り方ではなく、一昔前のようにまばらな太さになっている。そう、ナイフか何かで削ったような、そんないびつな形。それは、通常よりもかなり先端がとがっていて、削った彫刻刀を使わなくても、それ自体が凶器となりそうだった。

「まあ、あれだよね。正直なところ、知らなくてもいいところを知っちゃうから、あの子はダメなんだよなー。」

「そうそう、ほかの子たちと同じように、逆らわなければこんなことにはならないのにねえ。」

「『先輩、話しかけたくないのなら、無理に話しかけなくてもいいですよ。嫌いなら嫌いって、そう言ってください。』まじキモい奴!せっかく打ち上げいかないって誘ってやったのに、下手に勘ぐっちゃってさ!」

「そ。あのときだってさ、『なんですか。部活中なので早くしてほしいんですけど。』とか言っちゃって。」

 その二人の語気が、少し強くなる。どうやら、彼女たちは、カズトやトウキとは年が上らしい。だが、そんなことで、カズトの決心は変わらなかった。やはり、「トウキと部長以外は」彼にとって、石ころ同然だった。

だが、その次の言葉が、彼の、怒りの感情を抑えていた障壁を、一気に破壊する。

「まあ、そんなあいつも、足を蹴っ飛ばしたら、一気にぶっ倒れたけどね。ほんとはあいつの腹にあてて、あの顔がもっと不細工になったらよかったのに。」


 いつ戸を開けたかは覚えていない。だが、気付いた時には、中の先輩二人は、大腿に大きなあざを作り、壁にもたれかかっていた。

「あんた、男でしょ!突然何すんのよ!」

 痛みで立つことが困難になりながらも、目を血走らせて、その片方がカズトに向かって言った。

 カズトは、抜き身となった凶器――鉛筆――をくるくるとまわしながら、言った。

「突然?それはお前たちも同じだろ。男?そんなの関係ないだろ。俺がお前らに、復讐という名の憂さ晴らしを与えた。そして、お前があいつを傷つけた。それら以外、今は全く関係ない。」

 窓から入ってくる光が、カズトの顔を照らす。その形相は般若のごとく、そしてそのオーラは明王のごとく、とても恐ろしく、何一つとして言葉を言わせないものだった。

 彼女らは息がつまった。二人が恐る恐る彼の表情を覗き込んでいる中、カズトは、背後から近づいてくる足音を耳にした。もう時間はない。彼はより簡潔に、自分の気持ちを述べようとした。だが、口から出たのは、濁流のような、色々な思いが溶け込んだ、感情だった。

「お前らはあいつを傷つけた!俺はあいつを傷つけた!彼女はもうこれ以上傷ついてはいけないんだ!多分、俺が一番あいつを傷つけるだろう。生きていれば、彼女を最も傷つけるのは、俺なんだ。だから俺は、俺を殺す。だが、そのまえに、俺は俺のやりたいことをやる。お前らが、あいつを傷つけないようにするまで、俺はお前らを痛めつける。」

 激昂しながら、暗い瞳を彼女らに向け、彼は言う。

「どうする?お前らは、もう傷つけないと約束するか?それとも、お前らのその灯火を消してやろうか?」

彼女らの目の前に、その鉛筆を突きつけた。彼女らは、その鉛筆に彼の本気さを感じ、すぐさま、頷いた。彼の眉が、ピクリと上がった。二人は、そのとがった鉛筆の先と、カズトの顔を見比べ、顔を青ざめながら、そして、いつからか涙を流しながら、彼の判断を待った。

「ふーん。」

先ほどとは打って変わって、カズトは平静を装い、その二つの害悪をながめ、

「やっぱやめた。」

と言って、鉛筆を振り上げた。「ひっ」という声が聞こえる。絶望が彼女らの周りを覆った。そして、

「だって、俺は、トウキのことが好きだから。」

その鉛筆を振り下ろした。反動なのか、彼の両目から、一筋の涙が流れていった。

 

 だが、その鉛筆が、その二人のどちらにも、刺さることはなかった。彼を、背後から手を回し、抱きしめている者がいる。言うまでもなく、それはトウキだった。彼の手は、驚きのあまり、二人のうち、一人の女生徒の目前で、止まっていた。そいつの顔には、絶望は張り付いていた。

「自分を殺すなんか、言わないで。」

二人の女生徒がいないかのように、彼女はポツリと言った。

「カズトは、私を傷つけてなんかいないわよ。私はあなたに救われている。たとえ、傷つけていたとしても、あなたといることは、私にとって、とても幸福なことなのよ。これからなのに、いなくなったり、しないでよ……。」

 最後に言った一言は、まるで力のない、子供の様だった。そして、その言葉は、カズトの暗い瞳に、光を少しずつ、与えていた。蚊帳の外となった二人の女生徒は、蹲って泣いている。

「俺は、約束したんだ。」

 彼は、思わず口を開いた。太陽を隠した積雲は、いつのまにかどこかへ行ってしまっていて、明るい光が、ガラスから入り、カズトとその背後にいるトウキのもとへあたる。彼の目からは、涙がとめどなく流れていた。

「俺は、君を傷つけないと約束した。君に嘘を吐かないと約束した。誰に対してかと言えば、俺に、俺自身に対してだ。破ってしまった今、俺はもういる必要がない。いてもしょうがないんだ。どうやっても、俺は君を傷つけてしまうんだから、もう意味はないじゃないか。君に対して不都合しかない。それでも、俺は、『僕』は、ここにいていいのかな……。」

 彼もまた、子供の様に、最後に力なく、つぶやいた。自分の生きる意味である、一人の少女を、傷つけ、騙した自分の必要性なんて、本当にあるのか。彼には、もう、生きる理由がわからなくなっていた。

 だが、そんな虚無にも、その少女は光を照らす。

「いいんだよ。カズトはそれでいいの。私は、あなたがいるだけで、いいの。それだけで、私は救われているんだよ。」

少女は、優しく、説き伏せるように、腕の中の少年にささやく。

「そうか……。俺は、いるだけで、良かったんだ……。」

 怒りに狂い、復讐をしようと暴走していた、一人の少年は、生きる理由を、確固たる生きる理由を、やっと、見つけたのだった。

「ありがとう、トウキ。愛してる。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ