獣1
ちょっとおかしいキャラクターたちの、ラブと日常とファンタジーの詰まった小説です。
私は獣である。よって、獣には、自身の種が何かわからない。虎なのか、獅子なのか、そもそも、虎や、獅子とはいったい何なのか、私には皆目見当もつかない。
だが、私には唯一気付いていることがある。
獲物だ。私は、数か月前から、「奴」を追っている。
「奴」は強い。いつもの、他愛もない獲物であれば、一夜で私の一部とすることができたであろうが、「奴」は今までの獲物とは、全く異なっているのである。
「奴」は、私同様、獣なのだ。いや、獣の武器を持つ、と言った方が正しいかもしれない。なぜなら、「奴」の場合、非力な人間共のように、そして、私とは違い、知性が根付いているからである。知恵を絞れば、私を陥れることは可能なのである。もっと言ってしまえば、「奴」は、逆に、私を食らうこともできるのである。
そんな恐ろしい相手だ、どうしてお前はそれを追うのか、とほとんどの者は思うであろう。理由は単純。私が獣だからである。
私の物と決めたからには、私は絶対に「奴」を食らう。獣の私には、もう、恐怖などという心は存在しないのである。
地面を踏みしめながら、ゆっくりと、しかし着実に、私は「奴」との間合いを詰めていった。両隣はブロック塀で囲まれている。そして、「奴」の背後は、行き止まりであった。
「どうして?あなたはどうして私を狙うの?」
「奴」は、爪を隠し、かつてのように、人間だった時のように、私に談判を申し込む。だが、獣の私には、とうにその質問に返答することができなかった。なぜなら、私は人の言葉を話せない。獣だから。
私の喉から狼のような唸り声がした。私は興奮していた。獲物を捕らえられるかもしれない、という状況を楽しんでいた。「奴」はそんな私を、まるで悪魔でも見るような目で見ていた。私はその様子をみても、ただ、食欲しか湧かなかった。
私は襲いかかった。両脚で高く飛び上がったのち、右隣のブロック塀を蹴って、四面楚歌の状況である「奴」にとびかかり、その首元に、顎を近づけた、その時だった。
「やめてええええええ!!!!」
もう少しで接触しそうだった、その瞬間、私は何かに押されるような感触があり、続いて、後頭部に、強い衝撃を感じた。振動が、頭がい骨を通って脳まで伝わっている気がした。
そして、気付いた時には、私は堅いアスファルトの上に横になっていた。全身にすり傷が出来ている。体中が、私に痛みを訴えた。
どうやら、「奴」が私に「牙」を向けたらしい。手で衝突した患部をふれると、予想以上の大きな傷が、そこにあった。
荒い吐息が聞こえる。「奴」だ。
「どう、するの?今の、私なら、あなたを、殺すことが、できるけれど。」
一瞥すると、彼女の周りには、援軍であろうか、それとも従者であろうか、二匹の犬らしき獣が四足で直立していた。
傷がひどく、さらに無勢である。これは、引き上げたほうがよさそうだ。
私は、一度威嚇のために、唸り声をあげると、背後の道を必死に駆け出した。
どうやら、「奴」も疲弊していたらしく、その後追ってくることはなかった。